今回は、秋田県をはじめ全国の自治体で進む「プレコンセプションケア(受胎前ケア)」という政策についての記事です。いまの日本の公的プレコンには、障害のある人やマイノリティの存在を排除しかねない側面があることを、とくにプレコンに携わる立場のみなさんに伝えたいと思いながら、取材しました。
将来の妊娠のための健康管理、健康教育を国民に促す政策「プレコンセプションケア(受胎前ケア)」。高市早苗首相が2月の施政方針演説で「推進する」と表明したこの政策が、いよいよ本格化してきました。

3月8日、こども家庭庁は都内でプレコンシンポジウムを開催。そこでは女性の「やせ」がもたらす影響と、男性の「精子力」がキーワードとして挙げられた、と東京新聞が報じていました。
2026年の年明けには「プレコンサポーターTEXTBOOK(テキストブック)」がこども家庭庁のウエブサイトに公開されました。

このテキストは、プレコンを国民に広めるために国が5年間で5万人以上を養成するという「プレコンサポーター」向けの教本です。
全126ページの「プレコンサポーターテキストブック」をダウンロードして読み進めたとき、あるページで手が止まりました。

これは、プレコンサポーターテキストブックの13ページに掲載された「胎児性アルコール症候群」の当事者の「顔貌」の絵です。
妊娠中に飲酒した女性から生まれた子どもには「小頭症」「平らな顔」「低い鼻」「小さい眼型」「薄い上唇」「小さい顎」などの特徴があり、さらに発達遅延、知的障害などの兆候が見られるリスクがある――と記されていました。
「胎児性アルコール症候群」については13ページのほか、56ページ、89ページにも掲載されていました。
プレコンサポーターテキストブックだけではありません。
「胎児性アルコール症候群」の当事者の顔貌のイラストは、こども家庭庁の「プレコンサポーター講演用資材」の中にも掲載されていました。

妊娠中の飲酒が健康に影響のあることは、よく言われています。それでも私は、このテキストや講演用資材のあり方に、強い違和感を覚えました。
この違和感はいったい何なのか。医療人類学者の柘植あづみさんとともに考えました。
プレコンセプションケアとは何か
プレコンセプションケア
「コンセプション」は「受胎、妊娠」を意味する英語で、「プレコンセプションケア(プレコン)」は「受胎前ケア」と訳されます。国によるプレコンの定義は「性別を問わず、適切な時期に、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めたライフデザイン(将来設計)や将来の健康を考えて健康管理を行う取り組み」となっています。
しかしこの記事では、2021年の「閣議決定」に掲載された定義「女性やカップルを対象として将来の妊娠のための健康管理を促す取組」を用います。日本の公的プレコンセプションケアの実態を、より分かりやすく伝えていると考えるためです。
プレコンセプションケアは2018年に成立した「成育基本法」を根拠としており、2021年には「プレコンセプションケアに関する体制整備」が盛り込まれた政府の基本方針が閣議決定されました。2023年にはプレコンセプションケアの教育・普及啓発が「国民運動」の中に位置付けられ、学校教育でもプレコンを推進するよう各教育委員会に通知が出されました。
2025年5月には、プレコンを国民に普及させるための5か年計画がまとまり、こども家庭庁はプレコンを推進する「プレコンサポーター」を学校や企業や地域に5年間で5万人養成する――という目標を掲げました。プレコンサポーターは、満16歳以上でeラーニングでの講座と修了テストを受ければ誰でもなることができます。

全体に「健康」を重視する内容
まず、プレコンサポーターテキストの全体を見ていきたいと思います。

テキストは「総論」と「各論」からなります。
総論は「なぜプレコンセプションケアが必要なのか」「プレコンセプションケアの主な内容」「どのような支援があるのか」で構成されています。
各論は(1)小児・思春期(2)性成熟期――の2つにわかれており、Q&A方式で生活習慣や健康管理に関する知識、妊娠と出産に向けて重要となる知識などを紹介しています。
総論では、SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights=性と生殖に関する健康と権利)について触れており、次のように記されています。
セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは、性と生殖に関する健康について、自分の意思が尊重され、自分の身体に関することを自分自身で決められる権利のことです。結婚するか、しないか、こどもを産むか、産まないか、産むとすればいつ、 何人、どのくらいの間隔でなどを選択・決定すること(自己決定権)は、基本的人権のひとつです。すべての人に当てはまるのがプレコンセプションケアです
大切な前提がしっかり書かれています。しかしテキストブックには、気がかりな点もありました。その一つが、13ページにある「胎児性アルコール症候群」の部分です。
「生まれさせない対象」という発想があるのではないか
テキストブックに掲載された「胎児性アルコール症候群」の当事者の顔貌のイラスト、そして事細かに書かれた「障害のリスク」。これらの記述を、柘植さんはどのように受け止めたでしょうか。
「顔の特徴というのは、本当にその人の『一部』ですよね。その子が笑ったりしたら違う表情になりますし、見る角度で――親の気持ちによっても、違うと思うんですよね。妊娠中のアルコールはもちろん避けたいことですけれども(障害のある)当事者が存在している中で『こんなふうになります』と示すのは、違うと思います。例えば、妊娠中にアルコールをやめられないとすれば、なぜそうなるのか、原因を考え、支援につなげる必要があるのではないでしょうか。依存症によってアルコール摂取をコントロールできない状態になったときに、本人を支える専門家や周囲の人に何ができるのか考えることが『ケア』だと思うんです。アルコールに依存する女性の悩みや困難など、社会的な背景まで見てほしい。それをせず生まれてくる子どもが『こんなふうになります』と示すだけでは、だめだと思います」(柘植さん)

「予防」という表現は、当事者への差別や排除につながりかねない側面があります。そうならないためには、どのような視点が必要なのでしょう。
「医療は『患者』だけを見るところがあるため、どうしても人を『治すべき対象』として見てしまっているのではないかと感じます。『生まれてきたら治すべき対象』だけれど治すことができない、だから生まれてこないようにしましょう、生まれさせない対象にしましょう――そういう発想が、あるのではないでしょうか」(柘植さん)
一人の人として理解することを、拒絶してしまいかねない
柘植さんは、日本でも生じた「サリドマイド薬害」を例に挙げて、次のように語りました。
サリドマイド薬害
サリドマイドは1950~1960年代に販売された鎮静・催眠薬。妊娠初期に服用すると胎児の四肢などに障害が生じ、世界で数千人から1万人、日本で約千人(死産を含む)の胎児が被害にあったと推定されています。
「一般の方に被害を伝えるために、障害のある当事者のイラストや写真が使われることがあります。サリドマイド薬害では、被害者の身体の写真、とくに幼い子どもの写真が、薬害を強調する形で示されました。でも、被害に遭った人たちが生きて生活しているということ、その生の声はほとんど表に出てこなかったんです。もちろん薬害は避ける努力がされなくてはならないものですし、薬害によって生じた身体的な困難、日常生活の困難という現実は知られるべきだと思うのですが、いわゆる『奇形』になった手や足、そこだけを強調して見せて『酷いでしょう』というのは、差別につながります。一人の人間として理解することを、拒絶してしまいかねないと思っています」(柘植さん)
「医学書であれば仕方ない」?
一般市民が読むことになるプレコンサポーターのテキストブックに、「胎児性アルコール症候群」の当事者の顔貌のイラストが載っていることに、私は強い違和感を覚えました。一方で「もしこれが『医学書』であれば、このようなイラストが掲載されていても仕方がない」とも思っていました。
しかし柘植さんはそうではなく「医学書の書き方に異議申し立てをしている方たちもいます」と教えてくれました。
「18トリソミーの子どもと家族の会の方たちが、医学書での18トリソミーの記述――医学部で教えている内容が悲観的だということを知って、『そうではない』という現実を伝えたくて医療者と一緒に書籍を作りました。この動きは、とても参考になると思います」(柘植さん)
18トリソミー
18番目の染色体が3本ある先天性疾患の一つです。3500人~8500人に1人の頻度で産まれてくる可能性があります。(「18トリソミーの会」サイトより)
書籍のタイトルは『18トリソミー よりよい医療・暮らしへの道しるべ』です。

この書籍には、18トリソミーの子どもの治療に携わる「医療者の視点」と、子どもとともに生きる「家族の視点」が、まざり合うように記されています。「染色体異常」「リスク」というとらえ方では見えてこない、子どもと家族の人生が文章から伝わってきます。
これは「健康」と「予防」に重きを置いている日本の公的プレコンに、欠けている視点ではないかと思いました。
柘植さんの言葉です。
「『医学書だから、医学用語だから仕方ない』というふうに言われがちですが、その医学用語自体が親になる人や一般の人たちに障害へのマイナスのイメージを押し付けてしまうことがある。ですから医学用語それ自体を変えてほしいという運動も、していかなければならないと思います」
「リスク」がさし示すもの
日本の公的プレコンセプションケアでは、高齢出産の「リスク」、障害の「リスク」など、リスクという言葉がよく用いられます。
柘植さんは「年齢が高くなったら妊娠しづらくなっていくし、妊娠しても流産しやすくなるという知識自体は知っておいた方がいいと思う」とした上で、次のように語ります。
「『リスク』と言ったときにマイナスのイメージが付きまといますが、リスクはどこにでもあります。そのため、『何が心配なのか』を考えることが大切です。例えば『ダウン症の子どもが生まれたら仕事ができなくなる』という心配があるかもしれませんが、現実にはダウン症のお子さんを育てながら仕事をしている方はいっぱいいらっしゃいます。『育てることが大変ではないか』という心配をするかもしれませんが、何がどう大変なのかは、育つ本人と育てる親の環境や意識、福祉や教育によっても変わってきます。リスクというけれど、何がリスクなのかを考えて、対処できる方法についても知ってほしいということです」
「妊娠の年齢が高いから不安だという時に、医師は『(ダウン症の子どもが生まれる)確率という医学的な事実』しか言いません。でも、ダウン症はどのような障害なのかという説明とともに、知的障害や運動障害はあっても、ちょっとしたサポートで日常生活の自立ができるようになりますとか、一人で学校に通ったり、通勤したりしている人もいますよと説明すれば、受け止め方は違うと思うんです。医学は一般的に負の側面を強調しすぎで、正の側面は医師自身が知らないこともあります」(柘植さん)
「当事者」の声を聞いてほしい
柘植さんは「リスク」だと感じることの先にあるものを整えてほしい、と言います。
「プレコンセプションケアで語られる『リスク』『危険性』というのは、生まれる子どもに障害があるのではないか、ということだと思います。でも大切なのは、子どもに障害があったとき、病気がわかったとき、そのときに親族や職場、周囲の理解がない、支援がない、そういう状況をつくっちゃいけないということです」
柘植さんは自身のYouTubeチャンネル「柘植あづみの生命倫理チャンネル」を開設しており、そこで障害のある人や家族、支援者へのインタビューを公開しています。
「当事者の声を聞くたびに、今までの私の考えでは不十分で、もっとこういうふうに考えなければとか、こんなふうにできるというように、本当に勉強させてもらっています。そしてその声を、私だけじゃなくて他の人に聞いてもらいたいよねと思うので(YouTubeチャンネルを)つくりました」
障害のある人や家族、支援者の声にふれてきた医療人類学者として、柘植さんはこう提言します。
「プレコンに一生懸命取り組んでいる助産師さん、産婦人科医もそうですが、皆さん(障害のある子どもやその家族など)当事者の声を聞くことのできる立場にいらっしゃると思うんです。ぜひその声を聞いて、プレコンの中に取り入れてほしい。今のプレコンの中でおかしいと感じたところは、変えていってほしいと思っています」(柘植さん)
柘植さんとともに考える「プレコンセプションケア」。2回目の記事はこちらです。
【参考資料】
・首相官邸「第221回国会における高市内閣総理大臣施政方針演説」https://www.kantei.go.jp/jp/105/statement/2026/0220shiseihoshin.html
・東京新聞〈国がなぜか「性と健康の知識」を教え始めた 性教育のショボさは放置なのに…「産む」を押しつけてませんか?〉2026年3月13日https://www.tokyo-np.co.jp/article/474552
・こども家庭庁プレコンサポーターテキストブックhttps://precon.cfa.go.jp/precon-supporter/
・公益財団法人 いしずえサリドマイド福祉センターhttp://ishizue-twc.or.jp/thalidomide/damage-01/
・18トリソミーの会https://18trisomy.com/
・「18トリソミー 子どもへのよりよい医療と家族支援をめざして」https://s-igaku.umin.jp/DATA/67_06/67_06_09.pdf
・柘植あづみの生命倫理チャンネルhttps://www.youtube.com/channel/UCQs95XvirtYP6yTj7lnOOzQ



