消えた「男女の賃金格差」

 男性の賃金を「100」としたとき、女性の賃金はどれくらいか――という指数があります。全国調査によると、男性の賃金100に対して、女性の賃金は75.8。秋田県の場合、男性100に対して女性は79.9です。(※全国調査は2024年、秋田県調査は2023年の数字。調査対象はいずれも「フルタイム労働者」)

 全体的な構造を見ると「女性は男性より2割以上、賃金が低い」という現実があります。

 先日、この賃金格差について調べていて、あることに気がつきました。秋田県のジェンダー平等政策の柱になる県男女共同参画推進計画に「男女の賃金格差」についての記述が全くなかったのです。ある時期まではあったのですが、いつの間にか消えていました。

消えたのは2021年

 調べてみると、秋田県の計画から「男女の賃金格差」が消えたのは2021年。具体的には「第5次県男女共同参画推進計画」(期間は2021年3月~2026年2月)からです。

 その前の第4次計画(期間2016年3月~2021年2月)には、ジェンダー平等を進めるための指標(課題)の一つとして「男女の賃金格差」が明記されていました。

「第4次秋田県男女共同参画推進計画」より。この計画の指標として「男女賃金格差」が明記されています(赤線は筆者による)

男女共同参画推進計画=国の「男女共同参画基本法」や秋田県の「男女共同参画推進条例」に基づき、5年ごとにつくられる計画。秋田県のジェンダー平等を推進するための柱となる計画で、県の施策の方向や目標などが記されています

 秋田県が年に1回まとめる男女共同参画施策の報告書「あきたの男女共同参画」では、2021年まで「男女の賃金格差」に1ページが割かれていました。

2021年の年次報告「あきたの男女共同参画」より。指標の一つである「男女賃金格差」について図表入りで紹介しています

 しかし、2022年と2023年の報告書は「はじめに(前書き)」で一言触れただけでした。

2022年の年次報告「あきたの男女共同参画」より(赤線は筆者による)

 2024年からは「男女の賃金格差」という言葉自体、年次報告から消えていました。

 このことに、2025年の今になって気づいた自分が恥ずかしいのですが、どうしても気になりました。

 「男女の賃金格差」はなぜ、県の計画から消えてしまったのでしょうか。

なぜ消えたのか

 秋田県に理由を尋ねてみました。

【質問】
秋田県の「第4次男女共同参画推進計画」にあった「男女賃金格差」の指標は、どのような経緯・理由で廃止されたのでしょう?

【秋田県の回答】
指標については、関係各課と協議をしたうえで、男女共同政策審議会での審議を経て、決定しています。

「男女の賃金格差」は、職種や役職、勤続年数、雇用形態など複数の要因が重なり合って生じるものです。賃金はそれぞれの企業の業績や経営戦略、労働市場の状況などを反映して決定されるものであり、県が民間企業の賃上げについて目標を設定することが困難なことや、指標から外れても、国の賃金構造基本統計調査により状況を把握することが可能なことなどから、指標から外れたものです。

※県の男女共同参画推進計画は、県庁内の関係各課の施策等をとりまとめたもので、第4次計画において「男女の賃金格差」については雇用労働政策課が所管。

 秋田県の回答を要約すると▽民間企業のことについて目標を設定するのは困難▽男女共同参画の指標から外れても、国の統計調査で状況を把握できる――ということでした。

「男女の賃金格差は根本の問題」

 「男女の賃金格差」を指標から外すことが話し合われた、2020年8月の男女共同参画審議会。その議事録を読むと、県民から公募で選ばれた委員の松坂敏悦さん(大館市下川沿地区町内会連絡協議会会長)が、次のような発言をしていました。

「女性の賃金は、男性よりも低いという実態がずっとある」

「改善していく必要があるから、いろんな統計を活用しながら進めていただければ」

秋田県男女共同参画審議会要旨より、松坂敏悦さんの発言部分(2020年8月26日。赤線は筆者による)

 松坂さんは翌年の審議会でも、秋田県に対して重ねて次のように要望していました。

「男女の賃金格差について絶えず把握していただければ」

秋田県男女共同参画審議会要旨より、松坂敏悦さんの発言部分(2021年1月21日。赤線は筆者による)

 このような発言をした2020年、2021年当時のことを松坂敏悦さん(75歳)に尋ねてみました。

 「男女の賃金格差」を指標から外す理由について、松坂さんは秋田県から「賃金の問題は産業部門で扱う」という説明を受けたといいます。

 男女の賃金格差について発言を続けた意図について、松坂さんは次のように話します。
 「賃金格差は、男女共同参画の根本の問題です。秋田県は男女問わず賃金が低いという問題があるけれど、そこにも男女の差があることは絶えず見ていかなければいけないと審議会では伝えました。賃金のことは表立って本人たちが言えない部分じゃないですか。給料の話はあまりできないから。でも言うべきことは言って、格差を是正するのは当たり前のことだと思います」(松坂さん)

パブコメでも1件の意見

 2021年当時、男女共同参画推進計画の案に対する「県民からの意見」(パブリックコメント)にも「男女の賃金格差」についての要望が1件、寄せられていました。

「生活困窮に陥るリスク解消のため、男女間の賃金格差と正規と非正規の待遇格差の解消を推進して欲しい」

第5次秋田県男女共同参画推進計画の案に対する「県民からの意見」(パブリックコメント)

 しかし、秋田県の男女共同参画政策の「指標」から、男女の賃金格差は外されてしまいました。

賃金の「男女格差」はなぜ生じる?

 そもそも「男女の賃金格差」はなぜ生じるのでしょうか。そして自治体が「男女の賃金格差」を可視化することにどのような意味があるのでしょうか。『フェミニスト経済学』の編著がある埼玉大学教授・金井郁(かおる)さん(労働経済論)に聞きました。

埼玉大学教授・金井郁(かおる)さん

――男女の賃金格差はなぜ生じるのでしょうか

金井さん
まずは「経済学的」に考えてみます。賃金というのは生産性を反映していて、生産性の差によって生じるのが賃金格差です。生産性は、とても単純に考えると「教育年数(学歴)」と「経験(勤続)年数」によって高まると考えられています。ですから生産性(賃金)に男女差が生じる理由は「学歴」「経験年数」「勤続年数」に男女差があるから、というのが一般的に考えられることです。もう一つの要因は産業構造。産業や職種によって男女に偏りがあることも「男女の賃金格差」の背景と考えられています。

このような「学歴」「経験年数」「職種」の分布が男女によって異なることによる男女間賃金格差は「合理的」なものであり、「合理的だから差別じゃない」と主流派の経済学では考えます。しかし、そもそも「学歴」「経験年数」「職種」の男女差は、なぜ生じるのでしょう。そこには何らかの差別が関わっていないでしょうか? フェミニスト経済学では「学歴」「経験年数」「勤続年数」などに男女差が生じること自体、合理的ではなく「そこに何らかの差別が働いているのではないか」といったことを問い直します。

――「男女の賃金格差」の要因を突き詰めていくと「男女差別ではない」と考えられていることの中にも「構造的な差別」が隠れている、ということでしょうか。

金井さん
そうです。例えば、大企業が「総合職と地域限定総合職と一般職」を用意して「好きな働き方を選んでください」と提示し、女性が賃金の低い一般職を選択したとします。女性が働き方を「自ら選んで」賃金格差が生じるのだから、それは全く問題ない(差別、格差ではない)と言われてきました。

しかし、そもそもなぜ女性たちが「総合職」を選ばないのかを考えてみてください。例えば全国転勤しなければいけない、長時間労働をしなければいけないといったことを新卒の段階から考え、自分が結婚したり妊娠・出産したりすることを想像して「そういう働き方をしていたら、家庭は持てないだろう」と思って、一般職を「自ら選ぶ」という面があるのです。賃金の男女格差につながるこのような構造自体を、問い直す必要があると思います。

格差を可視化することの意味

――男女の賃金格差を可視化する意味はどのようなところにあるのでしょうか。

金井さん
例えば各企業が可視化することによって「なぜ自分たちはこれだけ男女間の賃金格差があるのか」と企業自らが振り返り、改善を進めることはとても大きな意味があると思います。さらに、自治体が県内の男女間賃金格差を公表することによって、県内で格差が生じる要素としては何が大きいのかを考え、目標を立てることもできると思います。もちろん採用や賃金をどう決めるかは企業行動ですから自治体が強制することはできないのですが、賃金格差を可視化することによって企業行動を変容させるということが、可視化の大きな意味だと思います。

――「女性は家計補助、パートなどで働いている人が多いから、賃金格差は仕方ない」という意見を目にすることがあります。

金井さん
「働き方」や「働く動機」によって賃金に格差をつけていい、という話ではありませんよね。「同じ仕事」に対してどのように賃金を払うかということを本来、考えるべきだし、企業側も考えているはずです。「パートだから」「家計補助的だから」賃金を低くしていいという理由にはなりません。しかし日本ではパートタイム労働法のなかで、たとえ同じスーパーのチーフという仕事を担っていたとしても、異動の範囲や頻度などが正社員と異なれば同じ仕事ではない(ので賃金格差をもうけてよい)、とみなしているので、ある意味「社会的合意」のような形で賃金を「低くされてきた」ということだと思います。

賃金格差と表裏一体の「アンペイドワーク」

金井さん
一方で、女性はアンペイドワーク(無償労働)の時間が非常に長く、男性は非常に短いという男女の格差があります。

アンペイドワーク=賃金が支払われる有償労働(ペイドワーク)に対して、家事、育児、介護、社会的活動などの賃金が支払われない無償労働のこと

金井さん
有償の「労働時間」(ペイドワーク)は男性と比較して短いけれど、国際比較をすると日本の女性はペイドワークの時間も長い。それが日本の特徴です。そこに「どんどん働いてください」となると、女性を苦しめることにもなりかねません。人手不足の中で企業や自治体などで女性が働けるようになることは、女性活躍にとってはいいことかもしれません。しかし男性が長時間労働してアンペイドワークを担えない・担わないという構造を変えないと、ただただ「女性ももっと長く働いて」というだけになってしまいます。

――「アンペイドワークの男女格差」と「賃金の男女格差」は、つながっている問題ということでしょうか。

金井さん
絶対的につながっています。みんなが「アンペイドワーク」を担うことを標準にしてかなければいけないというふうに思っています。

――秋田県は全国的に見ても賃金が低く、「男女格差と言っている場合ではない」という声を聞くこともあります。

金井さん
男性が公正な賃金をもらってないことを「それでいい」とは全く言っていないのです。みんなが公正な賃金をもらえるようにするということが必要です。「なぜ男女間の賃金格差が生じるのか」ということを問題にしているのであって、「男性の方が賃金が高いから引き下げよう」とか「引き下げて男女一緒にしよう」と言っているのではありません。男性も賃金が低いのであれば、どうしたら男女ともに公正な賃金を得られるのかを考えながら、運動していくしかないと思っています。

「男女の賃金格差」のデータの弱いところは、自営業や農業の報酬を捉えていない、というところです。秋田県では、自営業、農業の男女格差を捉える独自の指標――例えば世帯内での意思決定や資源配分のあり方を問うような項目――を考えるのもいいかもしれません。

次の計画には「男女格差」を入れてほしい

 男女の賃金格差の是正は「ジェンダー平等」の目標の一つになっており、国の「男女共同参画基本計画」でも重要な課題として挙げられています。

内閣府男女共同参画局「男女共同参画基本計画」より(赤線は筆者による)

 政府は2026年度からの「第6次男女共同参画基本計画」の策定を進めており、素案の中でも「賃金格差」の是正を課題として掲げています。

 男女の賃金格差は、深く根づいた意識や慣習、社会構造の表れです。それを可視化することは、秋田のジェンダー平等を考える上で不可欠ではないでしょうか。

 これから策定を進めることになる秋田県の第6次計画では「男女の賃金格差」という一つの現実を、何らかの形で再び盛り込んでほしいと考えています。

秋田県の皆さんのご意見をお待ちしております
「男女の賃金格差」に関するご意見、ご経験をお寄せください。ご回答は、こちらのgoogleフォームからお願いいたします。https://forms.gle/2bmZ1zw911BE5vhDA
googleフォームをSNSなどでシェアしていただけますと幸いです。

【参考資料】
・厚生労働省「2024年(令和6年)賃金構造基本統計調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/index.html
・厚生労働省「都道府県別の女性の就業状況等について」https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001298022.pdf
・内閣府男女共同参画局「男女共同参画基本計画」https://www.gender.go.jp/about_danjo/basic_plans/index.html
・内閣府男女共同参画局「第5次男女共同参画基本計画」https://www.gender.go.jp/about_danjo/basic_plans/5th-2/pdf/print.pdf
・「第5次秋田県男女共同参画推進計画」https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/91388
・「第5次秋田県男女共同参画推進計画(案)」に関する意見募集の結果についてhttps://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/56206
・秋田県「第4次男女共同参画推進計画」https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/41160
・年次報告「あきたの男女共同参画」https://www.pref.akita.lg.jp/pages/genre/23718
・秋田労働局「あきたの賃金統計2024年度(令和6年度)版」 https://jsite.mhlw.go.jp/akita-roudoukyoku/content/contents/002035877.pdf
・長田華子・金井郁・古沢希代子編,2023『フェミニスト経済学 — 経済社会をジェンダーでとらえる』有斐閣https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641166202
・田中洋子編著,2023『エッセンシャルワーカー 社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』旬報社 https://www.junposha.com/book/b636352.html
・内閣府男女共同参画局「第6次男⼥共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え⽅(素案)」https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/6th/masterplan.html

 

タイトルとURLをコピーしました