
今回のことは「事務的ミス」では終わらない。もっと根深い「人権意識」の問題が隠れているのではないか――。そう問いかけるような質問でした。
秋田市議会の一般質問が9月16日に行われ、倉田芳浩議員が「障害者加算」返還問題について尋ねました。県が秋田市を「違法」と断じたことで、生活保護世帯が生活費を削って「返金」する事態はようやく解消されました。ただ、秋田市がなぜ「違法な判断」を2年も続けてしまったのかは、十分に解明されていません。倉田議員は「第3者機関による検証が必要ではないか」と投げかけて、市の対応を問いました。
「徹底的な検証」を求める
倉田芳浩議員
経済学者の暉峻淑子(てるおか・いつこ)氏は、著書「承認をひらく」の中で「民主主義社会とは、個人の尊厳から出発し、人間らしい生活ができないような貧困、排除があってはならない」と記しています。人は、生まれながらに無条件にその存在を承認されている個人と定義され、すべての国民は健康で、文化的な最低限度の生活を営む権利を有しています。そして、生存が危ぶまれるような貧困に対しては、その理由に問わず、生活保護法によって扶助を受けることができるのです。民主主義は、個人の人権を守るところから出発をしているはずなのに、憲法25条を受けて制定されたはずの生活保護法が、このたびの当事者を長期間、不安に陥れたのは、なぜなのでしょうか。

生活保護は、憲法に基づく最低限度の生活の保障であり、その支給のあり方には、最大限の慎重さが求められます。過払いが生じた背景には、受給者側の故意や不正ではなく、行政側の計算や事務処理の誤りが問題であり、したがって一方的に返還を求めることには、反対の立場を取ってきました。
問題点としては、過払い金返還請求が、受給者の生活基盤を直撃することです。生活保護はすでに最低水準であるため、そこから返還を差し引けば、日々の食費等に重大な支障をきたします。生活の持続可能性が脅かされるのです。しかし、このたびの事案に関し、大きな動きがあったのは周知の事実です。

秋田県の裁決書を見ると「返還を求めることにより、最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなる恐れがあるか否か、自立を阻害する恐れがあるか否かといった判断の過程において、考慮すべき事情を十分考慮しないことにより、その内容が法の目的や社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認められるから、処分庁――これは秋田市のことですが――処分庁に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したものとして、違法と言うべきである」と、本市の対応を批判していました。
また、2017年2月の東京地方裁判所における判例の一部要約ですが、「保護金品の使用状況、生活実態などに照らし、返還金の返還をさせないことが相当であると、保護の実施機関が――これは秋田市ですが――判断する場合には、当該保護者に返還させないことができる」とし、「判断の過程で、考慮すべき事情を考慮しないこと等により、著しく妥当性を欠くと認められる場合には裁量権の範囲を逸脱し、違法となる」と解しています。

本事案の徹底的な検証が求められます。
質問(1)これまでの一連の経緯と結果について、どのように考えているのか。また今後、同様の事案が発生しないよう、改善すべきことはあるのか。
質問(2)障害者加算に関する「厚生省課長通知」や返還決定が違法とされた東京地方裁判所の判例について、国や県、専門家等に確認は行っていたのか。
以上が倉田議員の質問でした。
研修やチェックリストで再発防止へ
これに対する秋田市の答弁です。
沼谷純・秋田市長
(1)これまでの一連の経緯と結果についての考え、改善すべきことについてであります。過支給となった保護費については、国の通知に基づき、返還対象額から自立更生費用を控除して、返還決定処分を行いました。しかしながら、県の裁決では、倉田議員からのご指摘の通り、世帯の資産や収入の状況、その生活実態等の諸事情について確認が不十分であることや、過支給した金額の全部、または一部の返還を求めること自体が、最低限度の生活の保障に反するおそれがあることなど、判断の過程において、考慮すべき事情を十分考慮しないことにより、本市の処分が取り消されたものであります。
これを受けて再調査を行った結果、すべての案件において、返還を求めないこといたしました。今後、同様の事案が発生しないよう、精神障害者の障害者加算の認定について研修を実施し、担当職員の制度理解を徹底したほか、障害者手帳の等級、初診日および障害年金の納付要件等の確認チェックリストを作成し、組織的に確認できる体制としたところであり、引き続き、再発防止に努めてまいります。
(2)障害者加算に関する国の通知や判例について、国や県等への確認を行ったかについてであります。令和5年5月に、会計検査院の指摘を受けて以降、国の通知や、東京地方裁判所の判決で示された内容を踏まえた本市の対応方針について、県や顧問弁護士に相談をし、いただいた助言や意見に基づいて、返還決定処分を進めてまいりました。しかしながら、結果的に県から本市の処分が取り消されたものであるため、この事実を重く受け止め、適正な保護の実施に努めてまいります。
.png)
「第3者機関」による検証を
「研修やチェックリスト作成」など、主に「事務上」の再発防止策を挙げた市長に対して、倉田議員が再び質問しました。
倉田議員
再発防止などに向けて、研修や制度の理解、チェックなどの要点で市長からお話をいただきましたが、これは国の制度そのものも大変わかりにくいものがありますので、国への制度改正を含めて、その辺の検討、国への働きかけを含めて――これは秋田県なども行っていると思いますが――引き続き行っていただきたいと思います。
ただ、この件については、当事者の方たちの憲法に基づく生存権の保障を、大変損なっていたと今も考えます。そのようなことも踏まえると、研修などは必要ですけれども、本質的なところに、まだ何かあるんじゃないかと私は考えるわけです。その検証を、できるならば第3者機関を使っての検証が必要ではないか。この研修にプラスして、本質、本当のことが分からなければいけないと思いますので、その辺の必要性は、どのように考えておりますでしょうか。
裁決を待たず「決断」する道もあった
市長の答弁です。
秋田市長
国の制度、ルールがなかなかわかりづらいということで、本市以外にも、同様の事例が発生しておりますので、私たちとしましても市長会等々を通じて、国への制度改正、ルール改正、これをお願いしているところであります。これからもそれはお願いしていきたいと思っております。
加えて今回の事案に関しましては、基本的には法定受託事務ということで、国、県のルールにのっとってやってきたつもりではあったわけですけれども、議員ご指摘の通り、返還を求めること自体、憲法が保障する最低限度の生活を損なう恐れがあるというところを今回、県の裁決で指摘をされたわけですが、本来的には裁決を待たずに、そういった考えを有するということがあり得たのかもしれません。「本質的な」というご指摘は、「制度の運用」ということプラス、困窮されている方々に対して寄り添っていくというところの本質的な部分だろう、というふうに思っております。
その点について、第3者機関を設置するということが必要かどうか分かりませんが、私も直接、この業務を担当している職員の皆様には直接声をかけ、訓示をしたところでありますが、そういった意味では、庁内外、さまざまな形で、この生活保護業務だけではありませんけれども、市民の皆様に寄り添っていくというところはしっかりと心を持っていくような形を、これからも整えていきたいと思っております。
秋田県との「協議」は何だったのか
秋田市はこれまで、当事者に返還を求めるという方針について「秋田県と協議」しながら進めると、しばしば述べてきました。ところが、結果的に同じ「秋田県」から違法の裁決を受けることになります。倉田議員はこのことへの「素朴な疑問」も投げかけました。
倉田議員
秋田市の返還請求というものは生活保護法63条に基づくもので、決して間違ってはいないと思います。ただ、結果的に秋田県からの裁決書の中にもあるように「考慮すべき事情を考慮しなかった」ということが、すっぽり抜け落ちていました。秋田市は「返還ありき」でしたので――いろいろ必要経費を差し引いてですけれども「考慮すべき事情を考慮していなかった」ということです。今までにさまざまな判例もありました。秋田県とはこの2年間、協議したということですが、今回の裁決もまた同じ「秋田県」なんです。この2年間、協議してきた県の方たちというのは、どういう担当の方たちと協議をしてきたのでしょうか?
秋田県と協議していたのに秋田県から違法と言われたのはなぜ?という倉田議員の質問に、秋田市側も「驚き」があったと語りました。
秋田市長
今回出た秋田県の裁決が、これまでの県との協議とはある意味では違う裁決になったということについては、正直、驚きはありました。(裁決には)しっかりと法的な効力がありますので、それを受け止めて、裁決が出た以外の方についても今回、自主的に再調査をして、公平性を保たせていただいたというところではございます。
佐々木良幸・福祉保健部長
令和5年5月に会計検査院の指摘を受けて以降、費用返還決定に至るまでの事務処理について、不明な点はその都度、県から助言を受けて対応してきたところでありました。また、生活保護法の第63条による費用返還や自立更生費用の対応方針などについても、県が助言してきた内容に沿ってきたものでありましたけれども、県の裁決の方では「処分の取り消し」ということでしたので、そのことを真摯に受け止めて、再調査の結果、返還を求めないこととしたところでございます。
秋田県の審理員が大事にしたもの
秋田市の返還方針について「違法」という意見を出したのは、確かに「県庁の職員」です。ただし、保護行政とはかかわりのない部署から選ばれた「審理員」という立場の人たちです。秋田県のサイトには「審理の公正性・透明性を高めるため、審理員は原則として、審査庁(※県庁)に所属する職員の中から審理対象の処分に関与しない者が指名されます」とあります。

いずれにせよ、秋田県の審理員は「返還は違法」と判断しました。裁決書を見ると、審理員が軸にしていたのは「最低限度の生活の保障ができるか否か」、言い換えれば「人権」だと分かります。

これまでの判例や他県の裁決の積み重ねも、秋田県の審理員の判断を後押ししたのではないでしょうか。そして今回の秋田県の裁決もまた、そこに積み重なり、誰かの人権を救済する糧になるはずです。
そのことを実感した事例を、最後に紹介します。
広がる秋田県、秋田市の事例
今まさに、秋田市と同様の「返還問題」が議論されている大阪府の箕面市です。
箕面市は「障害者加算」の認定ミスによる過大支給が2004年から続いていたことを6月に発表。当事者11人に返還を求めています。
9月11日の市議会民生常任委員会では、2人の箕面市議が秋田県の裁決や「全員0円」とした秋田市の決定を引用しながら質問していました。また箕面市側も「全員0円」にした秋田市のプロセスを紹介しながら答弁していました。(やり取りは1時間55分ごろから2時間10分ごろにかけて)
委員会で箕面市は「秋田市の事例は非常に参考になると考えております。現時点では返還を求めない、とは言い切れませんが、秋田市のやり方を踏まえ、できるだけ返還請求額が0円になるよう取り組んでまいります」と答弁していました。
「人権」に照らした判断が積み重なり、連鎖していくよう願っています。
これまでの経緯
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。対象世帯は117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円にのぼった。
秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に過去5年分を返すよう求めてきた。その後、市は当事者の負担を軽減するため返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、120人のうち36人が返還額0円(返還無し)になった。しかし残る7割、79人は引き続き返還を求められ、このうち3人の当事者が「返還の取り消し」を求めて県に審査請求(不服申し立て)。県は7月11日、秋田市の返還決定を「違法」として取り消す裁決を下した。→記事の最初に戻る
【参考資料】
・秋田県「審理員制度について」https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/10879
・朝日新聞デジタル「生活保護を過大支給、20年以上認定誤り 大阪・箕面、一部返還請求」2025年6月6日https://digital.asahi.com/articles/AST663H3XT66OXIE00CM.html
・箕面市議会https://youtu.be/QEJw0Dn-Xck