
私が暮らす秋田県は、国内有数の米どころです。稲作は身近な存在で、たとえば母の実家は専業の米農家。以前勤めていた会社の上司は農作業をしてから出勤する兼業の米農家でした。
よく耳にしてきた言葉があります。それは「米が安くて労力に見合わない」「農機具の借金のために米を作っている」「米作りをやめたい」といった言葉です。
もちろん、そうではない農家もいます。しかし私にとって「令和の米騒動」と呼ばれる米不足の問題は、中小規模農家の厳しい現実にようやく光が当たるかもしれない、と思える出来事でもありました。
お米が高いと思う一方、お米が高いと言いたくない自分がいます。秋田で米を作る農家に声を聞きました。
「何を信じて米を作ればいいのか」
「小泉(進次郎農林水産大臣)になってからニュースは毎日、米、米、米でしょう? 古米だ、古古米だ、備蓄米だ、値段は毎日変わっていく…じゃあ今までやってきた農政は、いったい何だったんだと思うんです。何を信じて、何に向かってやっていいのか、本当に分からない」
秋田県中央部で米を作るAさん(70代、男性)の言葉です。
Aさんは農家の3代目。中学生の時に父を亡くし、若い時は地元企業に勤めながら米作りを担ってきました。農繁期は朝3時、4時に起きて農作業をした後に出勤し、午後5時に帰ってくると日が暮れるまで草刈りなどの作業をしました。専業農家になったのは、65歳で定年を迎えてからです。
現在は自身の田んぼ約4ヘクタールのほか、近隣の農家から委託された田んぼ約4ヘクタールの計8ヘクタール(東京ドームおよそ1.7個分)を妻と2人で耕しています。

稲作の収入では間に合わない
「先祖代々の田んぼを守るために、農機具をローンで購入しました。高額な費用が掛かって、農業収入だけでは到底返していけない。トラクター、コンバイン、1台500万円とか700万円とかそういう額です。会社勤めで得た給料は農機具の借金にあてていました。私だけじゃなく、ほかの農家だって、農閑期になれば建設業の作業員をして稼ぐ人もいっぱいいる。農作業の労力を軽減するには農機具が必要で、そのために勤め先の給料をつぎ込んで、受け継いだ田んぼを守るためにやってきて…。ナンセンスだ。息子たちにやってほしいとは思わないです。自分と同じことになるもの」
Aさんは7、8年前から「うちの田んぼを頼む」と託されることが増えてきました。地元の担い手は平均して70歳前後の人が多く、農業を継いでいる若い世代は少ないと言います。勤め人の息子も田植えや稲刈りの農繁期には作業を手伝います。けれど「息子に米作りを継いでほしい」という気持ちは、Aさんにはありません。
「泣き言じゃなく、これが現実」
昨秋から今年6月にかけ、全国のスーパーの米の平均価格は5キロあたり4000円台(全商品平均)で推移してきました。

一方、昨年のAさんの米の買取価格は玄米30キロ(精米すると約27キロ)あたり約1万円でした。
「米が高い、高いと言ったって、高くなった分がすべて農家に入っているわけではないんです。値上がりした分の半分も入っていない」
米作りも昔はそれなりに収入があった、とAさんは言います。「今はかえって、田んぼや畑や山を持たない人が、一番豊かな暮らしをしているように見える。そういう時代になりました。知り合いの農家の中には親の代からの借金を背負っている人もいる。朝5時に起きて夜は7時まで働いて、その労力に給料が出るわけではない。泣き言じゃなくて、これが現実なんです」
気候変動という新たな脅威
「令和の米騒動」の要因となったのは2023年の記録的な高温でした。同じ年、秋田県は豪雨災害に見舞われ、Aさんも被災しました。
Aさん宅では農作業小屋が浸水し、乾燥機、もみすり機、耕運機などの農機具が水をかぶりました。修理費の自己負担は約200万円。稲刈りを控えていたこともあり、農機具はすぐに修理しなければなりませんでした。新たに水害の保険に入り、保険料も高くなりました。
「こういう目に遭うと、もう、農地も何も、ない方がいいっていう気持ちになる。何もない方が。農業をやっていなければ、何も費用がかからない。農機具の修理だって要らない。農機具は年数使えば消耗して買い替えもある。経費を引いて、なんぼの利益があるかっていう…。そういうのを全部考えれば、はっきり言って、そういう(離農する)気持ちにもなってくる」
これは2023年の被災後、Aさんが私に語った言葉です。当時と今とで気持ちは変わっていませんか、と尋ねると、Aさんは「そうですね」と答えました。
上流に耕作放棄地 水が来なくなる
「何を信じていいのか分からない」。Aさんのこの言葉は、多くの米農家が抱く不安を言い表しているように思えます。
手塩にかけて育てた農作物をいつ襲うか分からない自然災害。担い手自身の高齢化。人気取りしか考えていないかのような「猫の目農政」――。不安要素が尽きないなかで、農家は日々淡々と土に向き合うしかありません。
「今の時期は水が一番心配だ。田んぼに水が入っているか、入っていないか、毎朝見に行くんだ。とにかく水だ」。こう語るのは、県央部の米農家Bさん(70代、男性)です。
Bさんの田んぼは4.3ヘクタール。今年は平地に所有する田んぼが基盤整備事業(農地や農業用水、農道などを整備する事業)にかかってしまって耕すことができないため、山あいを中心とした1.6ヘクタールのみを耕しています。
水田が広がる平地の農道から、細い脇道へそれて10分ほど山道を登ると視界が開け、Bさんの水田が見えてきました。


「出穂する8月上旬は稲が一番水を欲しがるのに、暑くて水が不足しがちだから。いつもそれで頭を悩ましている」。Bさんにとって、いよいよ心配な季節がやってきました。
Bさんの田んぼの水は近くの山から流れてきています。水路はコンクリートのU字溝が入った部分もありますが、ほとんどは土を掘って作った昔ながらの「土側溝(どそっこう)」になっています。
その山水が最近「チョロチョロ」としか流れてこず、困ったことがありました。「途中で何か詰まっているのかもしれない」。Bさんは妻と2人、水路をたどって上流へ行ってみました。
そこで目にしたのは、生い茂る草に埋もれてしまった水路。上流で田んぼを耕していた農家が、離農していたのです。
「別の集落の人がそこで田んぼをやっていたんだけど、その人が農業をやめてしまった。そうすると当然、水路を手入れする人がいなくなるから草が生えて、荒れてしまって、水が流れてこなくなったんだ」

米作りはその土地とつながっている、言い換えれば「一軒の農家」だけで保つことはできません。「農業は環境保全の役割もあるんだ」とBさんは言いました。
半年以上かけて育てる米
Bさんの米作りは毎年3月に始まります。年末に買っておいた種もみを春彼岸(3月20日前後)のころに1週間ほど水槽につけます。同じ時期、田植えに向けた土づくり「耕起」を始めます。
4月に入ると、水に浸していた種もみを乾燥させて、土を入れた「育苗箱」に撒いていきます。例年は約900箱に種もみを撒きますが、今年は少なめの約350箱。これをビニールハウスまで運んで並べ、温かいハウス内で育てます。苗が10センチくらいまで伸びたら、いよいよ田植えです。
田植え後の草刈りも大切な仕事です。あぜから雑草が伸びていると、田植えや稲刈りの時に機械に草が絡まってしまうからです。6月は草刈りを4回やりました。田植えの前後だけでも、まだまだ書ききれないほど多くの手間暇が掛かっています。
そこから、水不足や高温、豪雨、台風が心配な季節を乗り超え、半年余りをかけて、収穫となります。
米が取れなくなっている?
2023年、米は値上がりするとBさんは感じていました。
「精米した時にだいたい分かるんだ。精米すれば、約1割(かさが)減るのが普通。だけどおととしの米は1割以上減っていた。とにかく、ものが悪かった。歩留まりが悪くて、全部こぬか(玄米を精米するときに砕けてできる粉)になってしまった。高温障害だ。特に夜温(夜間の気温)。俺たちが夜暑くて寝苦しいときは、稲も暑い。だからかけ流しといって、水田に水を入れっぱなしにするんだ。ところが気温が高い夏場は水自体が不足する。水がないのは俺たちの集落ばっかりじゃない。全部なんだ。おととしは本当に、水が足りなかった」
田んぼからどれくらいの米が収穫できるかを表すとき、かつては「一反歩から10俵(約10aの水田から、600キロの玄米が収穫できる)」と言ったそうです。ですがBさんは「10俵なんて、今は届かない」と話します。

「もともと、米自体が取れなくなっているんじゃないか、特に東北、北陸は。何だか、そんな気がするんだ。満足に収穫できないことに、最近は慣れっこになっている」
気候変動の影響なのか、米が取れなくなっている気がする――というBさんの感触とは裏腹に、国は米を作り過ぎないようにする政策を続けています。かつては減反、いまは生産調整と呼ばれる政策です。
それは例えば、田んぼで米ではなく「高収益作物」――花やネギや大豆など――を作った場合に補助金を出すことによって、米の生産量を減らすというものです。このような生産調整には、米の作り過ぎを防ぐことで米価の下落を防ぐといった狙いがありました。
Bさんも、水田でネギを作ってきました。たとえるなら「米を作るな」と言われながら、米を作り続けてきた日々でした。そうして生産調整に応じても、米価は下がる一方でした。

「米はもともと、安すぎた」
2023年以降の米不足により、農家は十分ではないにしろ、手取りを増やすことができました。
Bさんが昨年販売した玄米は2万2000キロ。30キロ8000円で計算すると、稲作収入は単純計算で586万円になります。これにネギの販売額や雑収入を合わせ、農業収入は770万円ほどになりました。
一方、支出は肥料、農薬、動力など合わせて480万円。手元に残ったのは300万円ほどでした。
「電気、水道、肥料、農薬、ガソリン、軽油…全部上がっているから。自分たちの労働への対価は『ないもの』として考えなきゃいけない。時給はゼロ円かマイナスだ。農機具の修理代とか肥料、農薬なんかを支払うので手いっぱい。米はもともと、安すぎたんだ。米価については最低でも60キロ2万円くらいにしないと、農家はやっていかれない」
労働力への対価が欲しい
Bさんには、地元の企業に勤める40代の息子がいます。
「来年は、息子に田植えをさせるかなあって。農家の楽しみを伝えないとなあと思う。ところが条件のいい農地ならいいけど、うちはそうじゃない。石があったりしてトラクターが乗り上げてしまう。そういうところでまっすぐ田植えするのもたいへんだから…」
Bさんの息子は、今のところ米作りを「やらない」と言っています。「まだ40代だから。俺がいなくなれば、農地を何とかしなければいけないし…」。農繁期には作業を手伝ってくれるといい、この数年のうちに改めて米作りのことを話したい、とBさんは考えています。
改めて「農家の楽しみ」とは何ですかと尋ねると、Bさんはこう言い直しました。
「楽しさ…うん、ただ、やっぱり、間に合わなければ(食べていけなければ)話にならないと思っている。会社に勤めていれば年収いくらという保障があるけど、農家はそれがないだろう? 難儀な割にはもうけがないから。確かに米不足で販売額は大きくなった。けど資材も高騰しているから、スーパーで5キロ1800円、2000円じゃ、間に合わない。消費者が買う米は確かに高い。そう思う。ただ、自分たち農家にとって、安すぎるのも困る。民主党がやった所得補償のようなものも考えてほしいと思う。労働力に、払ってほしいんだ」
米作りはケア労働に似ている
6月9日、秋田県北部にある鹿角(かづの)市で米作りをする坂本寿美子さんの田んぼにお邪魔し、機械による田植えを体験させてもらいました。

坂本さんと一緒に田植え機に乗り込みます。「このレバーを垂直に押すと、機械が自動的に苗を植えてくれます。こっちがブレーキ、前進するときはこのレバーをぐっと2回前に押して―」。坂本さんに手ほどきを受けながら恐る恐る操作すると、田植え機が前進し、等間隔に苗が植え付けられていきました。

私は田植え機がまっすぐに進むよう、田んぼにひかれた目印の線を頼りにハンドルを微調整するくらいです。
かつては農家が田んぼに入り、手植えしていました。いまは機械によって、昔のような時間と労力はかけることなく素早くきれいに苗を植えることができます。

「すごいですよね、田植え機って」と坂本さん。私も田植え機はノーベル賞ものの発明品だと思いました。
このような機械なしに、現代の農業は成り立ちません。農業を続けていくためには農機具の購入、修理、買い替えは必須です。「農機具の借金のために働いてきた」という、Aさんの言葉を思い出しました。
あぜの近くで田植え機を動かしていると、坂本さんが「ちょっとストップします」と田植え機を止めました。私があぜのすれすれで田植え機を動かしてしまったため、田植え機のタイヤ部分にあぜの草が絡まってしまいました。

坂本さんが絡まった草を手で取り除いてくれます。

この日、田植えをしたのは無農薬栽培の「ゆきのこまち」。あぜ道の草は除草剤を使わず、坂本さんが草刈り機で刈っています。
田植え前、坂本さんは機械で丁寧に土をならしていました。田起こしした田んぼに水を張り、かき混ぜて、土の表面を平らにする「代掻き」という作業です。


田んぼに水が滞りなく流れてくるのも、坂本さんが水路を手入れしているからです。
機械化が進んだといってもそれを動かすのは人であり、機械を手入れするのも人。
そして、米を収穫するまでにかかる様々なコストや労力そのものへの対価――賃金や公的な補償――は、そこにはありません。


種から育て、土に植え、草を刈り、天候や育ち具合を日々気にかけ、時には眠れなくなるような不安と向き合いながら収穫を迎える――。
米作りはどこか「ケア労働」(家事や育児や介護)に似ているように思います。確かにあるその働きが軽視され、透明化され、なかったことにされてしまう。「やりがい搾取」と言ってもいいかもしれません。
だから私は、米が高いとは言えないし、言いたくないと思うのです。

【参考資料】
・農林水産省「スーパーでの販売数量・価格の推移」https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/ksppos.pdf
・農林水産省「令和6年産米の相対取引価格・数量について」https://www.maff.go.jp/j/press/nousan/kikaku/241018.html
・農林水産省「令和5(2023)年産水稲の作柄について」https://www.maff.go.jp/j/study/suito_sakugara/r5_2/attach/pdf/index-6.pdf
・農林水産省東北農政局「令和5年度 東北食料・農業・農村をめぐる事情」、78Pよりhttps://www.maff.go.jp/tohoku/seisaku/zyousei/file/attach/pdf/24-15.pdf
・農林水産省「水田農業の高収益化の推進」https://www.maff.go.jp/j/seisaku_tokatu/suiden_kosyueki.html