DV被害当事者を支援している民間団体の講座に参加しています。講座の前半を終えて思ったのは、絶えず「新しい言葉」を得ていかなければいけない、ということでした。誰かを傷つけないために。
〈※このコラムの1、2には、性暴力に関する記述があります〉
言葉が変われば意識が変わる
1冊目のテキストの最初のページを開きながら、講師がこう話しました。「言葉が変わる必要があります。言葉が変わると、意識が変わります」
例として示された言葉の一つが「強姦」です。
犯罪行為に「女」の文字が使われてきたこと自体に異議を唱え、テキストでは「強かん」とひらがなで表記していました。思えば「女」を使った漢字にはマイナスのものが多くあります。姦淫、嬲(なぶ)る、嫉妬―。そして「強姦」は昔から、さまざまなフィクションで用いられてきました。加害者の目線で、ときには物語を盛り上げる道具のように。
刑法から消えた言葉、獲得した言葉
私は大人になってようやく、それらの表現が被害当事者の尊厳を傷つけるものだと気がつきました。作り手も見る側も「強姦」という言葉や概念を消費し、再生産してきたのだと思います。
強姦という犯罪は2017年の刑法改正で「強制性交等罪」となり、さらに2023年の改正によって「不同意性交等罪」になりました。「同意がない性行為はすべて犯罪」だと明確化されたのです。
そして「強姦」という加害者が主語の言葉は刑法の条文から消えました。かわりに「不同意性交」という、被害当事者を主語にした言葉が刻まれました。当事者の声によって、言葉が変わったのです。着実に意識も変わりつつあると感じています。(刑法改正までの動きはこちらの「エトセトラVOL.11ジェンダーと刑法のささやかな七年 小川たまか特集編集」に深く丹念に記されており、おすすめしたいです)
DVの根底にあるもの
「GBV(Gender-based violence=ジェンダーに基づく暴力)」という言葉も、講座で学びました。「ジェンダー規範や不平等なジェンダー関係に基づいて振るわれた暴力」という意味です。
2001年のDV防止法施行を機に、DV(ドメスティック・バイオレンス=配偶者や恋人など親密な関係にある人、またはあった人から振るわれる暴力)という言葉が社会に浸透しましたが、DVはGBV(ジェンダーに基づく暴力)の一つととらえられているそうです。GBV(ジェンダーに基づく暴力)は、暴力の背景と構造をより明確に表している言葉といえます。
「DVは、ジェンダー規範やジェンダー不平等が生む暴力の一つ」という考え方はDV防止法にも貫かれています。
DV防止法の前文です。
我が国においては、日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、人権の擁護と男女平等の実現に向けた取組が行われている。ところが、配偶者からの暴力は、犯罪となる行為をも含む重大な人権侵害であるにもかかわらず、被害者の救済が必ずしも十分に行われてこなかった。また、配偶者からの暴力の被害者は、多くの場合女性であり、経済的自立が困難である女性に対して配偶者が暴力を加えることは、個人の尊厳を害し、男女平等の実現の妨げとなっている。このような状況を改善し、人権の擁護と男女平等の実現を図るためには、配偶者からの暴力を防止し、被害者を保護するための施策を講ずることが必要である。このことは、女性に対する暴力を根絶しようと努めている国際社会における取組にも沿うものである
DVの根底には社会通念や構造的な格差がある。この根底を見失うことなく被害当事者の声を聞かなければならないのだと、あらためて思いました。
「男女」の順序に戸惑う
講師が受講者にこう尋ねました。「秋田県では、何人に一人がDVの被害に遭っているか、統計などはありますか?」。慌ててネット検索をしてみました。
秋田県公式ホームページのDV被害者支援に関するサイトにたどり着き、スクロールすると全国統計の数字がありました。
私は、その表記に戸惑いました。
〈男性の約5人に1人、女性の約4人に1人は配偶者からの暴力を経験し、そのうち約8人に1人は命の危険を感じた経験をしています〉。男性の被害が、先にありました。(※現在は修正され、女性の被害が先になっています)
GBV(ジェンダーに基づく暴力)という言葉を学んだ直後だったこともあり、私は「女性の何人に一人が被害に遭っているか」というデータがまず、記されているものだと思いました。しかし真っ先に目に飛び込んできたのは「男性の約5人に1人」という記述でした。
これは、ささいなことだろうか
DV防止法が施行されたのは2001年、今から23年前です。それ以前、DV被害は長い間「ささいなこと」「取るに足らないこと」とされてきました。
社会が「DV」という言葉を得るまでに要した時間と、多くの女性の苦しみ。男性の被害が先に記されているのを見たとき、私は、当事者の声と積み重ねた時間がなかったことにされているように感じました。
「男性は、あっという間に手に入れてしまうんだな」。そんなことも思ってしまいました。かつて「イクメン」という言葉に覚えた違和感に、似ているようにも思います。
日本語には「男女(だんじょ)」という熟語はあっても「女男(じょだん)」という熟語はありません。私たちの生活文化には「男性が先」がしみ込んでいます。それがこんなところにまで、あらわれたのでしょうか。
欄外の小さな言葉でしたが、私には「ささいなこと」とは思えませんでした。
「女性の被害を先にしてほしい」
7月5日、秋田県のホームページにあった「問い合わせ先」に、思いきってメールしました。女性の被害を先に記していただけないでしょうか、と。
DV防止法は、被害当事者たちの声が生み出したものだということ。
法の理念に基づいて、女性の被害を先に記してほしいこと。
書きながら、もうこれ以上奪わないでほしい、という思いがこみあげました。
後日談 表記が修正されました
「女性の被害を先に表記していただけないか」というメールを週末に送ったところ、週明け7月8日の月曜日、秋田県の担当課の方がすぐ返信をくださいました。
課内で検討したところ「女性を先に表記することが制度の趣旨からも望ましい」との結論になり、修正されたとのことでした。
ありがとうございました。
〈参考資料〉
・「国連人口基金 駐日事務所」ジェンダーに基づく暴力 https://x.gd/cpAyv
・内閣府男女共同参画局資料「GBVの根絶に向けた取組は」https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/pdf/asia_r03/jp/houkokusyo.pdf
・全国女性シェルターネットホームページ
https://nwsnet.or.jp/dv-toha/3-violence-against-women
・内閣府男女共同参画局ホームページhttps://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/honpen/b1_s05_01.html
https://x.gd/MTfPX