「雇い止めを取り消してほしい」

 秋田県農協共済株式会社(秋田市)で1年契約の嘱託社員として働いていたAさん(女性、50代)が今年3月、「雇い止め」を言い渡されました。契約はこれまで3度更新され、Aさんは3年半働いてきました。

 「本社では、1人いなくなったな、くらいに思っているかもしれない。でも私は急にはしごを外されてしまったと感じています」。4月、Aさんは復職を求めて秋田地方裁判所に労働審判を申し立てました。最後の審理は8月5日。「雇い止めは間違いだったのだと示してほしい」とAさんは話しています。

「突然」の雇い止め

 Aさんは2021年9月、ハローワークを通じて秋田県農協共済株式会社に就職しました。1年契約という期限に定めのある嘱託社員。配属先では主に、会議室貸し出し業務などに携わりました。

 「5年頑張れば、正職員になれる」。就職後、Aさんは会社側からそう伝えられたといいます。採用後は1年目、2年目、3年目と3度の更新があり、Aさんは「頑張れば、と思って(雇用が継続されると)期待していました」。

 しかし今年2月上旬、会社側から「人件費や光熱費等の高騰で3年後の収益が厳しくなるため、誰とは決めていないが嘱託1人を不更新にするかもしれない」と伝えられました。それから3週間後の2月27日、Aさんは雇用契約を更新しないと告げられました。

Aさんが会社側から渡された「契約不更新(雇止め)理由証明書」

 雇い止めの理由について、会社側から渡された「契約不更新(雇止め)理由証明書」には〈人員の整理・見直しが必要であるため〉と記されていました。

 「弱い立場にあったので、何か起こるかもしれないと思ってはいました。でもまさか、更新しないというふうになるとは思いませんでした。1年契約なのだから実際にはそうならなかったのだと言われてしまえば、それまでなのかもしれない。けれどやっぱり、何もなければ働き続けられるという希望を持っていました」(Aさん)

 Aさんは秋田市内で一人暮らしをしています。働かなければ収入が途絶え、今の生活を維持することは難しくなります。

 雇い止めを告げられたその足で、Aさんは秋田労働局に相談に向かいました。

秋田労働局が会社側に助言・指導

 Aさんから数回にわたり事情を聞き取った秋田労働局は3月下旬、会社側に秋田労働局長名で助言・指導を行いました。

 労働局長による助言・指導は中立の立場から問題点を指摘し、話し合いによる解決を促すもので強制力はありません。会社側は、秋田労働局長の助言・指導を受け入れませんでした。

 Aさんは4月、弁護士に相談して労働審判を申し立てました。併せて、雇用契約の権利と賃金の支払いを求める「仮処分」も秋田地裁に申請しました。

労働審判とは
解雇や給料の不払など労働者と事業主との労働関係のトラブルを解決するための手続きです。労働審判官(裁判官)1人と労働審判員2人でつくる労働審判委員会が行い、訴訟とは異なり非公開となります。原則3回以内の期日で審理を終えるため、迅速な解決が期待できます。労使双方の話し合いがまとまると、調停が成立。まとまらない場合は労働審判委員会が判断(労働審判)を示します(最高裁ホームページ参照

「更新への期待があった」

 Aさんによると、会社側は採用時に「犯罪を犯すなどの法律違反をしない限り、不更新はない」といった説明をAさんにしたといいます。Aさんはその言葉を信じて入社しました。就職後、雇用契約は3回更新され、勤務期間は3年半に及びました。会社側から新年度(2025年度)の業務内容の説明も受けたほか、健康診断の日程も決まっていたといいます。そしてAさんが所属していた部署や担ってきた業務はなくなったわけではなく、今も継続しています。

 これらのことを踏まえ、Aさん側は「契約の更新を期待する合理的な理由があった」と訴えます。

 雇い止めに制限をかける法律

 「契約更新への期待」を労働者に抱かせたかどうかは、雇い止めが無効になるかどうかの一つの分かれ道になります。このことは、雇い止めに法的制限をかけて非正規労働者を守る労働契約法19条に記されています

厚生労働省「労働契約法改正のポイント」より抜粋

 労働契約法19条は、たとえ契約期間が満了になったとしても次の①②に当てはまり契約の不更新が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」には雇い止めが無効になることを示しています。

①繰り返し契約更新されていて、雇い止めが社会的に見て「無期労働契約」(いわゆる正社員)の解雇と同じだと認められる場合

②労働者が「契約が更新される」と期待する合理的な理由がある場合

 つまり、Aさんのような期間に限りのある労働者(パート、アルバイト、契約社員、派遣社員)に対して、契約更新を重ねて「今後の更新」を期待させていたにもかかわらず「期限がきたから」と一方的に雇い止めをすることは認められない――ということです。

 Aさんの代理人である虻川高範弁護士は「雇い止めは会社側の都合ですぐできるものだと思われがちかもしれません。もちろん法律的に完全ではないため、雇い止めは解雇よりはハードルが低く、法的な立場が弱いことも確かです。だからといって、どんな場合でも雇い止めができるかといえば、そうではないのです」と指摘します。

「人員整理の合理的な理由が見当たらない」

 虻川弁護士は、Aさんの雇い止めの理由である「人員の整理・見直しが必要」という点にも疑問を呈します。

 「会社の決算資料などを見ても財務状況は健全です。Aさんを雇い止めしなくても赤字経営になるわけではなく、そもそも人員整理の必要性自体が認められない。Aさんだけを更新しない合理的理由は認められません」(虻川弁護士)

 一方、仮処分の答弁書などによると、会社側は人員の整理について「今後の売上高の増加が見込めない」「光熱費や保守管理費が年々増加していくことが見込まれる」など、合理的な理由があったと主張しています。また会社側は、Aさんに対して「犯罪を犯すなどの法律違反をしない限り、不更新はないといった発言はしていない」と否定。Aさんが抱いた「更新への期待」についても「更新の回数は3回、雇用の通算期間は3年6月に留まるもので、更新を期待する合理的理由は存在しない」としています。

 さらに「新入の嘱託職員は(Aさんで)2人目であり、新入の嘱託職員が希望すれば更新手続きが継続されるといった状況は形成されていなかった」「5年を超える反復更新を行わない限度において、有期労働契約により短期雇用の労働力を利用することは許容されている」とし、Aさんが更新を期待する合理的理由は存在しないと主張して、争う姿勢を見せています。

「陳述書を読むのがつらかった」

 労働審判と仮処分の審理の過程で、Aさんはつらい思いをすることもありました。

 雇い止めの理由について会社側は当初、Aさん自身の問題ではなく「人員整理の必要」を挙げていましたが、審理が進む中でAさんが「人間関係のトラブル」を多く起こしていた、といった理由を挙げたからです。

 会社側はAさん以外の嘱託社員について「不可欠な存在」「業務量・勤務成績、態度・能力、協調性など申し分なかった」「問題となる点は全く見受けられなかった」「正社員へ登用することを採用時の約束としていた」と評価する一方、Aさんに対しては「業務量・業務成績について特段問題はなかった」としながらも「社員等との人間関係上のトラブルが多発しており、協調性に欠けるとの判断」があったと記しました。

 「(会社側の)陳述書を見ると動悸がしてしまって、読むことがつらかった」とAさんは話します。

 会社側の主張に対し、代理人の虻川弁護士は「『人間関係上のトラブルが多発し協調性に欠ける』という主張を裏付ける会社側の陳述は、明らかに事実と異なるものであり、雇い止めする合理的な理由は認められない。むしろ、Aさんを狙い撃ちしたかのような不合理な動機さえうかがえる。そもそも合う合わないや、好き嫌いで人を雇い止めしていいはずがない」と反論します。

「それでも復職したい」

 部署の規模が大きくはないため、元の職場に戻っても、居づらさがあるかもしれない――労働審判の審判員はAさんが置かれる立場や状況を考慮して「金銭解決」という方法もありうる、とAさんに提案しました。

 しかしAさんは、あくまで復職を希望しています。

 Aさんの言葉です。「仕事自体を続けたい気持ちはもちろんあります。確かに正直、ここまで来ると、そういった職場に戻るのもつらいなと思いますが、私の気持ちとしては、雇い止めは間違いだったんだということを示してもらいたい。お金を受け取っただけでは、それが伝わることはないですし、復職を望むという行動で、一貫して動いていきたい」

 秋田県農協共済株式会社は取材に対し「案件の有無を含めて、一切お答えすることはできません」とコメントしました。

県内の「雇い止め」の相談、117件

 秋田労働局によると、2024年度に寄せられた「民事上の個別労働紛争相談」は2184件。このうち雇い止めに関する相談は117件となっています。

秋田労働局「2024年度(令和6年度)個別労働紛争解決制度の施行状況」より抜粋

〈参考資料〉
・秋田労働局 個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)https://jsite.mhlw.go.jp/akita-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/hourei_seido/example_jyogen.html
・最高裁判所 労働審判手続きhttps://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/roudousinpan/index.html
・労働契約法 https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
・厚生労働省 労働契約法改正のポイントhttps://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/h240829-01.pdf
・秋田県農協共済株式会社 第51期 決算公告 貸借対照表(2025年3月31日現在)http://www.akita-jab.co.jp/pdf/r07.pdf
・2024年度(令和6年度)個別労働紛争解決制度の施行状況https://jsite.mhlw.go.jp/akita-roudoukyoku/content/contents/002305235.pdf

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