「女性活躍」という前に 非正規社員Aさんの声

 非正規雇用の「嘱託社員」として3年半働いてきた会社から、3月に雇い止めされた秋田市の女性Aさん(50代後半)。復職を求めて「労働審判」を申し立てた結果、会社側に400万円の解決金支払いを命じる審判が8月5日に言い渡されました。しかし、Aさんが願っていた「復職」は叶いませんでした。

 あくまでも復職を求めたいと考えたAさんは、解決金の400万円を受け取らず、雇い止めの無効と地位確認を求める訴訟を秋田地方裁判所に起こすことにしました。第1回期日は10月24日です。

 秋田の女性は生きづらい、といわれます。Aさんの声から見えてくるのは、女性、中高年、そして非正規雇用であることが折り重なって生じる「困難」でした。 

「頑張れば正社員になれる」と思っていた

 まずは、これまでの経緯です。

 Aさんは2021年2月まで県内のホテルで正社員として勤務していましたが、新型コロナウイルスによる経営悪化で給与遅延が続き、退職しました。2021年9月、秋田県農協共済株式会社(秋田市)に非正規の「嘱託社員」として就職。3年半勤めましたが、2025年3月に雇い止めを言い渡されました。Aさんの雇用契約は「1年更新」。しかし契約はこれまで3度更新され、会社側の言葉からも「頑張れば正社員になれる」と期待を抱いていたAさんは4月、復職を求めて労働審判を申し立てました。

 審判の中で裁判所は、会社側に「Aさんの復職」を求めましたが、会社側が受け入れなかったため調停は成立せず、8月5日に最終の審判が下されました。審判は「Aさんの雇用契約上の地位を認める」としながらも「本日、雇用契約を合意解約する」よう提示。解決金として、Aさんに400万円を支払うよう会社側に求めました。

 金銭解決ではなく、あくまでも「復職」を願うAさんは審判に異議申し立てをし、訴訟に移行することになりました。

 Aさんの労働審判に関する最初の記事はこちらです。

 裁判所が「400万円」の解決金を示したとき、2つの選択肢がありました。

 1つは審判を受け入れ、400万円の解決金を受け取る道。もう1つは400万円を受け取らず、復職を求めて裁判を起こす道です。

 なぜ訴訟を選択したのでしょうか。Aさんの言葉です。

 会社に戻れるかどうかを考えたとき、その可能性は、とても低いと思っています。それでもなぜ申し立てをしたかというと、このまま400万円という大きな金額――本当に裁判所の皆さん、考えてくださった結果だと思うんですけれど――それを受け取っただけでは、会社側のしたことが間違いだったということは、知られることがありません。

 お金は大事なんですけれども、愚かかもしれないですけれど、そこじゃないっていう思いがあります。たとえ復職できたとしても、どうなるかは分かりませんし、とても悩んだんですけど、それでも。

 裁判官の方が認定してくださったことはありがたいですし、400万円という金額が異例だということも理解しています。それを蹴ってでも「雇い止めは無効だったんだ」というふうに世の中に発信できるのは、裁判しかないと思いました。雇い止めが間違いだったんだっていうことを、たとえ復職できなくても、示したいと思っています。

50代後半、「新しい道」の難しさ

 訴訟を選択するまでのAさんの思いを聞くと、そこには「個人的な問題」と切り捨てることのできない事情も見えてきます。その一つは、中高年の女性が秋田で再就職することの難しさです。

 審判員や裁判官は「復職しても同じ仕事に戻れる可能性はないかもしれない。Aさんにとって新しい道を考えた方がいいのではないか」と言っていました。会社に戻ることでかえって大変になるだろう、と私の身を案じてくれていることは言葉から伝わってきました。そうして400万円を提示していただいたのに、それを蹴って不服申し立てをしてしまったことには、申し訳なさを感じています。

 ただ、この年齢(50代後半)で再就職となれば、そして事務職となれば、すごく難しいです。新しい道というのも、そう簡単にはいかないです。私は(就職に有利な)資格はありません。実地経験だけなので――自分でエクセルの本を買って勉強したということはあるんですけれども、じゃあ何か資格があるかといったら、ありません。

 失業保険をもらうためにハローワークに行った際には、説明会で「事務職は難しいです」と言われました。女性の方はよく事務職を考えられるんですけども、そうではなくて(力仕事など)違うことを視野に入れたほうが就職しやすいです、という説明を受けました。自分の年齢もありますし、正直、ますます体力も落ちていきますし、そうすると力仕事ができるかというと難しく、今までやってきた事務職は、やりがいはもちろんそうですけど、魅力もありました。もし復職できなければ、アルバイトかなと考えないわけではないです。もちろんそういう選択がよぎりますけれど、今は、裁判の方に集中しようと思います。考えるのが怖いです、やっぱり。簡単にはいかないので。

「権利を主張する人」へのまなざし

 さらに、Aさんが雇い止めに遭うまでの状況には、非正規雇用の不安定さや「女性であることの不利益」が見えてきます。

 労働審判の争点としては、雇い止めが有効か無効かというところだったのですが、会社側が(陳述書や答弁書に)書いているのは、最初から私への個人攻撃でした。でもそこに書かれていることは、私にとっては全く(事実では)無いことでした。

 陳述書で会社側は、Aさんの働きぶりについて「勤務時の業務量・業務成績については特段問題ありませんでした」としながらも、次のように記しています。

「(Aさんは)社内外問わずたびたびトラブルを起こしていて対応に苦慮することが多くあった」
「(特定の社員について)私語に費やす時間が多いと(Aさんが)責め立てた」
「(Aさんが)ことあるごとに(社員に)食って掛かり、無視したり高圧的な叱責等も見受けられた」
「(Aさんと特定の上司が)特別な関係性であることが社内でも頻繁に噂されていた」――。

 ここに書かれていることは事実ではない、とAさんは訴えます。陳述書を読みながら、私も違和感を覚えていました。なぜならこれは、労働者の権利を求める「労働審判」の陳述書。なぜ「勤務時の業務量・業務成績については特段問題ない」労働者に対して、Aさんが事実ではないと訴える「特定の異性との関係」を、ここまで書き込むのか。そこには女性であるAさんへのバイアス(偏った見方)が働いているようにも思えました。

 会社では、私が特定の上司に優遇されているという声があったと聞いています。(会社側の陳述書には)私とその上司が特別な関係、恋人かのようなことまで書かれていました。そして「(私に対する)対応に苦慮した」「指導を何回もした」とあります。全く違います。これが本当なら、社内で問題になり、私が会社からヒアリングを受け、指導を受けると思います。でも指導を受けたことは一度もありません。

見え隠れする非正規への「依存」

 なぜAさんを雇い止めの対象としたのか。その理由について、会社側は次のように主張しています。以下、陳述書の概略です。

 始業開始前の会議室設営準備について、正社員がAさんに一緒にやろうと伝えた際、Aさんは「自分は(始業時間前の)8時半前や17時以降の仕事は(契約外なので)しない」と返答した。「時間内でもやりたくない仕事はやらない」と言うAさんに対して、私(役員)が「それではこの会社で働けない」と話すと、Aさんは「一人でも入れる労働組合に相談している」「労働局にも相談する」と言った

 難しい業務でもないのに個人の感情で仕事を選ぶようでは、Aさんがこれからもトラブルを起こすのではないかと不安に思った

 一方、Aさんはこれらは「事実と異なる」と話します。

 まず、Aさんは「8時半始業の非正規労働者」でありながら「毎朝8時」には出勤していたといいます。

 細かい話ですけれど、朝来たら女性はそれこそ(正規、非正規問わず)掃除などがあって、当番制だったのですが、私は朝8時ころから出勤することが多かったです。(嘱託という)立場もあるので、勤務は8時半からなんですけども、早めのお客様に合わせるために8時半には準備が終わっていなければならないので、自分がやっていました。(嘱託職員は)時間外労働は本来はやってはいけないんですけれども、そこは全く問題とされることはありませんでした。「やりたくない仕事はやらない」と言ったことはありません。

労働審判でのやり取りを振り返るAさん

 正社員とは異なる「不安定な雇用環境」に置かれながら、「気づかい」「働きぶり」は正社員並みを求められる。断ると「個人の感情で仕事を選ぶ」と指摘される――。会社側とAさんの主張からは、このような状況が浮かび上がります。 

女性に課される水仕事

 「朝30分の早め出勤」は「時間外の無償労働」でした。そして最近まで、朝の仕事は非正規のAさんが一人でカバーしていたといいます。

 遅刻をしたくないという気持ちもありますし、(当時、女性職員のみが担っていた)職場の掃除や洗い物を早めにやってしまおうという感じでした。その後(異動で人が減ったこともあり)洗い物は各自でやってほしいと私が職場にお願いして、やってもらえるようになりました。頼めばやってくれる方もいましたし、「忙しいからやっておいたよ」と言ってくださる方もいました。(職場の水回りの仕事は)日々のことで、台所の三角コーナーを掃除するのも自分でしたし――1か月ごとに女性たちが当番でやるのですが、なぜか自分が担うことが多かったです。排水溝は結構ドロドロになっていて、それを見てしまったら、自分がやらざるを得ません。その後、新しい嘱託職員の男性がやってくださるようになって、後から入社した皆さんも協力してくれて、そういう環境があったので、私も仕事を頑張ることができていました。

 雇い止めを言い渡された2月以降、Aさんは「引き継ぎ書」作りに追われました。

 先々の1年後、2年後のこともあるので、前の方(社員)が残した引き継ぎ書を修正しながら作りました。万が一、自分の身に何かあったときに(誰も業務が分からないと)困ると思って、フォーマットはあらかじめ作っていました。有給休暇は全部消化せずに辞めざるを得ない形になっています。会社からは有給についてどうするか尋ねられることはありませんでしたし、私が退職する3月いっぱいまで、普通に働いていると思われたのかもしれません。

 Aさんによると、労働審判の中で裁判所は会社側に「(Aさんの再就職の)あっせんはしなかったのですか」「再就職するための手助けはしましたか」などと質問しました。会社側は「していない」と答えたと言います。

Aさんが会社側から渡された「契約不更新(雇止め)理由証明書」

 会社側の答弁書を読んだ時の気持ちを、Aさんは次のように振り返ります。

 本当にこれを見たときは、驚きと怒りと悲しみと、自分の心臓が止まるんじゃないかと思うくらい、読むのがつらかったです。なんでここまで、まったくの嘘ばかり書いて、これを信じる人がいるのだろうかと思いました。弁護士さんからは「いろいろ書いてくると思う」と言われてはいたんですけれど、いざこうなってしまうと、本当に気持ちが萎えました。戦っていけるだろうかと。
 
 私が職場で何かしてしまって、不満につながっていたのだとすれば、指導や面談をして「改善してほしい」と伝えてもらえたら、私も改善のしようがあります。でもそのようなことは一切何もありませんでした。これ(陳述書)だけを見ていると、私という人間はそういう人間なんだと思われるかもしれません。

 ただ、裁判所は「Aさんが起こしたトラブル」という会社側の主張については取り合わず、一貫して「雇い止めが有効か、無効か」を争点にしていました。

 そして8月5日、会社側に400万円の支払いを命じる審判を下しました。

「私の居場所は、もうないと思う」

 Aさんは自分で訴訟を起こす選択をしました。それでも、不安にならない日はないと言います。

 今も実は不安ですし、大丈夫だろうかと怖いんですけれど、自分でやっていくしかない。でも毎日不安です。なぜ、もう数年で定年するような人間を、切らないといけなかったんだろうって。あと数年頑張れば、と私は思っていたので。でもターゲットは私しかいなかったんだと思います。頑張っても結局、こうなってしまうんだと。仕事をしっかりやっていれば間違い(雇い止め)は起こらないかなと思っていたんですが、やっぱり嘱託っていうのは弱い立場だなって。何か問題があっても正社員は守られて、仕事を頑張っていても、(非正規労働者は)こうなるんだと。

 でも、こういうやり方(労働審判や裁判を起こすこと)を、職場の人はよく思わないのではないかと思います。正直、私の居場所は、もうないと思います。

 秋田県農協共済株式会社は取材に対し「お答えできることは何もありません」とコメントしました。

「女性活躍」という前に

 秋田県内の男女それぞれの給与を表す、このようなグラフがあります。いずれも左が男性、右が女性のものです。

「あきたの賃金統計」2024年度版より抜粋

 男性は「山の形」を描き、女性は「横に這うような形」をしています。

 男性の「山の形」が表しているのは、年齢が高いと給与も高いということ。ピークは50代です。
 女性の「横ばい」が表しているのは、どの年齢でもほとんど給与が変わらない、ということです。

 このような格差の背景の一つにあるのが、女性の非正規雇用の多さです。

 秋田労働局の調査によると、秋田県内の男性の労働者のうち、正規雇用の割合は8割。それが女性の労働者になると、正規雇用の割合は5割まで下がります。「非正規を選択する人」ももちろんいます。しかしAさんのように、正規雇用を望みながら非正規として働く「不本意非正規労働者」と呼ばれる人たちも、確かにいます。

 不本意であれ、選択したものであれ「非正規雇用が多い」ということは、Aさんが経験したような「雇い止め」に遭うリスクも、女性の方が必然的に高くなることを意味しています。

2024(令和6)年度 秋田労働局行政運営方針より(赤線は筆者による)

 秋田労働局によると、2024年度に寄せられた「民事上の個別労働紛争相談」は2184件。このうち雇い止めに関する相談は117件となっています。

秋田労働局「2024年度(令和6年度)個別労働紛争解決制度の施行状況」より抜粋(赤線は筆者による)

 男性、女性をひとくくりにはできません。けれど一人一人の労働者を集団として見たとき、グラフには「男女の格差」という一つの事実が浮かび上がります。

 そしてそのグラフの中に、Aさんもいます。

 いつ「雇い止め」に遭うか分からない不安を抱える非正規雇用。
 水仕事や気働きを求められる女性労働者。
 職場で異議申し立てをすれば「融通がきかない」「態度が悪い」ととがめられる。声を上げることで孤立してしまう――。

 人口流出を最重要課題に掲げる秋田県。その現状にあえて絡めれば、Aさんのような非正規労働者の声や中高年女性の声は、秋田の人口政策を考える上で見過ごせないものだと感じます。「女性活躍」の、ずっと手前にある現実として。

〈後記〉 私も搾取する側だった

 これは、被告となる会社だけの問題ではなく、私が以前働いていた新聞社でも存在した問題でした。正社員だった私は「非正規労働者」の犠牲の上に安定した給料や待遇を得てきました。女性の非正規労働者がローテで水仕事をすることも、当たり前になっていました。その違いを感じながら、変える努力をしませんでした。私は「女性」であり、搾取する側でした。

【参考資料】
・最高裁判所「労働審判手続き」https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/roudousinpan/index.html
・秋田労働局「あきたの賃金統計」2024年度版 https://jsite.mhlw.go.jp/AkitA-roudoukyoku/content/contents/002035877.pdf
・山口一男「男女賃金格差の主な決定要因と格差是正の対策について」(首相官邸における説明会報告2024年9月2日)https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001298020.pdf
・秋田県「2024年度(令和6年度)労働条件等実態調査結果の概要」https://x.gd/d5kQu
・厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」
https://www.mhlw.go.jp/content/001234734.pdf
・2024年度(令和6年度)「秋田労働局行政運営方針」https://jsite.mhlw.go.jp/akita-roudoukyoku/content/contents/001791482.pdf

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