
非正規社員Aさんの「雇い止め」は無効だったと会社側が認め、社長らが直接、Aさんに謝罪して再発防止策を講じることになりました
非正規雇用の「嘱託社員」として3年半働いた「秋田県農協共済株式会社」から、2025年3月に雇い止めされた秋田市の女性Aさん(50代後半)。復職を求めて8月に秋田地方裁判所に訴訟を起こしましたが、2026年2月4日、被告である会社側との和解が成立しました。
和解内容は、Aさんへの謝罪や慰謝料の支払いにとどまらず、不当な雇い止めに至った経緯の検証、そして今後ほかの労働者に同じことが起きないよう再発防止策を講じると約束するものでした。
Aさんが雇い止めを通告された日から間もなく1年になります。労働審判、裁判と戦ってきたAさんは「いま悩んでいる方が『自分も戦おう』とか『会社は間違っている、立ち上がろう』と思えるような、何か少しでも、誰かのヒントになれば」と話しました。
秋田地裁「雇い止めは無効」の仮処分
まずはこれまでの経緯です。
3年半勤めた会社を雇い止め
Aさんは2021年9月、秋田県農協共済株式会社(秋田市)に非正規の「嘱託社員」として就職。3年半勤めましたが、2025年3月に雇い止めを言い渡されました。雇い止めの理由は「人員の整理・見直しが必要」というものでした。
Aさんの雇用契約は1年更新でしたが、これまで3度更新されました。会社側の言葉からも「頑張れば正社員になれる」と期待を抱いていたAさんは4月、「社員としての地位」と「賃金の支払い」を求めて秋田地方裁判所に「労働審判」と「仮処分」を申し立てました。
復職を求め、秋田地裁に提訴
このうち労働審判では8月5日、秋田地裁が「社員としての地位を認める」としながらも「雇用契約の合意解約」を提示。解決金としてAさんに400万円を支払うよう会社側に求める審判を言い渡しました。
しかし、金銭解決ではなくあくまで「復職」を希望するAさんは、解決金を受け取らず、復職を求める民事訴訟を8月12日に秋田地裁に提起しました。
提訴後の10月27日には仮処分も決定。秋田地裁は「更新拒絶(雇い止め)は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認めることはできず、無効と言わざるを得ない」とし、Aさんの申し立てがほぼ認められました。
Aさんの雇い止めに関するこれまでの記事です。
謝罪と再発防止策を約束
Aさんの希望は「職場復帰」でした。しかし2025年12月の第2回公判の後、Aさんが復職した後の働きづらさなどを考慮した裁判官が、和解を提案。Aさんは代理人の虻川高範弁護士と相談し、職場に復帰しない場合の和解案を考えました。
Aさんの和解案は、会社側に謝罪と検証、さらに再発防止策などを求めるものでした。解決金(慰謝料)で終わらせる和解にはしたくない、という考えからでした。そして今回の和解は、ほぼAさん側の案に沿うものとなりました。
「和解条項」の主な内容です。
①雇い止めは無効
被告(会社)は、原告(Aさん)への雇い止めが労働契約法19条に定める「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」に該当し、無効なものだったと認める
労働契約法19条
一方的な雇い止めによる不利益から労働者を守ることを目的にした条文。一 定の条件を満たす場合、使用者による雇い止めが認められないことを定めています
②直接の謝罪
被告(会社)は、雇い止めによって原告(Aさん)に甚大な精神的、経済的負担をかけたことを深く反省し、Aさんに誠実に謝罪する。和解成立後、速やかにAさんと面談し、直接、Aさんに謝罪するとともに、謝罪文をAさんに交付することを約束する
③幹部への「相応な措置」
被告(会社)は、原告(Aさん)に対し、雇い止めに関与した幹部に相応な措置を行うことを約束する
④再発防止策
被告(会社)は雇い止めの経緯を検証し、今後同じように法令(労働契約法や労働基準法など)に反して労働者の権利を不当に侵害する事態が発生しないよう、再発防止に十分な措置を講ずることを約束する。また会社は、被告社長らを出向させていた出向元のJA共済連秋田に対しても、再発防止策を講ずるよう求めることを約束する
⑤社内への周知
被告(会社)は、雇い止めが無効だったことを認めて原告(Aさん)に謝罪したこと、そして再発防止策を講ずることを約束した旨を、被告の社内に掲示して周知する
⑥解決金(慰謝料)の支払い
被告(会社)は、原告(Aさん)に対して、仮処分決定ですでに支払った賃金相当額を含めて総額500万円の解決金(慰謝料)の支払い義務があることを認める
「Aさん辞めたんだな」で終わらせない
和解のうち「社内周知」の意義について、虻川弁護士は次のように話します。
「金銭で解決したというだけでは、今回の件は知られることなく『Aさんは辞めたんだな』と思われただけで終わってしまう。そうではなく、Aさんの雇い止めは間違ったことで、会社は謝罪をし、再発防止策も講ずるということを社内にきちんと公示する必要がある」
虻川弁護士によると、労働組合を弾圧したり差別したりした場合、労働委員会が労働組合法7条(不当労働行為)に基づいて雇用主側に事実を公示するよう命じることがあります。「ポスト・ノーティス」(Post-notice、公表命令)と呼ばれる制度です。
ポスト・ノーティス(Post-notice、公表命令)
使用者(企業など)が不当労働行為を行ったと労働委員会に認定された場合、使用者がその事実を認め、今後同じ行為を繰り返さないよう約束する文書を掲示させること
Aさんの件は労働組合の事例とは異なりますが、ポスト・ノーティスのように「起きたことをきちんと公示する」ということを会社側と約束しました。
そして公示する文言も、和解条項に盛り込まれました。今後、以下のような文書が社内に掲示されることになります。
社内に掲示される公示文(※一部加工しています)
当社は、A氏に対して、A氏との契約状況等に照らし、労働契約法19条に定める『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき』に該当し無効な契約不更新を行ったことを認めてA氏に対して謝罪しました。また、今後、同様な事態が生じないよう再発防止措置を講ずることを約束しました
悩んだ末の和解選択
和解の成立について、Aさんは次のように話します。
「和解は本当に望んでいたところではないのですが、もし和解するとすれば、雇い止めを決行した責任の所在をはっきりさせて、今後こういったことが起こらないようにすること、そして(雇い止めは間違いだったと)認めて謝罪してもらうということを会社側に求められるなら、自分もちょっと一歩引いてみよう、と。それが妥当とは思わないんですけれども…」。悩んだ末の選択でした。
解決金の額を公表する理由
解決金について、筆者は金額を伏せることも考えました。しかしAさんは、公開してほしい、と話しました。非正規労働者として雇い止めに遭い、裁判を起こし、会社側の謝罪や500万円という解決金に至った道のりを示したいと考えたからです。
「この金額だったから(和解を)のんだのではないかと言われることは、怖いです。うがった見方をされるかもしれませんが、反対にいま雇い止めに苦しんでいる方もいると思うので『闘えば、これだけ会社が間違っているということを示していけるかもしれない』と思う人も、いるんじゃないかと、そういうふうに考えました。さらけ出せるところは全部開示して、いろんな意見があろうとも――批判する人もいるだろうけれど(記事に)出してもらいたい、と」
雇い止めは「よくあること」?
雇い止めを通告され、Aさんが会社の人事担当とやり取りした時のこと。退職は「会社都合」になると言ったAさんに対し、人事担当は「それは違う」「1年更新なのだから雇い止めは会社都合ではない」とAさんに告げたといいます。
雇い止めについて公的機関に相談に行った際、当初対応した職員は「そういうこと(雇い止め)はあります」「自分も雇い止めに遭った」と話し、「雇い止めは仕方のないこと」と相談をかわすような空気になったといいます。

「雇い止めが『普通のこと』のように言われることが続きました。どういった働き方をするかはみんなそれぞれで、正社員もいて、非正規やパートの人もいて一つの企業なのに、正社員だから守られるとか、非正規だからダメだというのではなく、みんなの生活が成り立つように、なぜできないんだろうって…」(Aさん)
しかし、Aさんの裁判が始まると、事態を知った農協労組も動きだしました。農協労組がAさんの雇い止めの撤回と復職を求め、社長あての署名運動を展開したのです。
1月末、Aさんは代理人の虻川弁護士とともに、寄せられた164筆分の署名を会社側に届けました。
「形」に残ることの意味
自身が雇い止めに遭ってから、Aさんは各地で起きている雇い止めや解雇の事例をネットで調べるようになりました。
「本当にいろんな問題があって、裁判を起こしている人、中には同じ会社にいる複数人で裁判を起こして、復職を認められた人と認められない人がいたという例もあって。それを見ていて、自分が裁判を起こしたということが何かの形で残って、いま悩んでいる人の目に留まって『自分も戦おう』とか『会社は間違ってるんだ、立ち上がろう』とか、何か少しでも、誰かのヒントになればいいなと思うようになりました。おこがましいですけれど」
次の誰かのための
自分は間違っていない――という信念で裁判に向き合い、気持ちを奮い立たせてきました。しかし今まで起きたことを思い出し、眠れない日もありました。
「ほとんどの方は(雇い止めに遭っても)諦めざるを得ないのだと思います。なぜできないかも分かります。たとえば家族がいるから先に進もうとか、周りに知られたくないとか、時間がもったいないとか、経済的な事情とか…。それでも(今回の件を通して)『自分は行動できないけど、こういう人がいた、会社が間違っていた』というだけでも、もしかしたら先に進める人がいるかもしれない。私も、何かそこに救いを――そういうふうに感じてくれる人がいるかもしれないというところに、自分自身も救いを求めているのかもしれないです」
復職はかないませんでした。しかし「よくあること」と見過ごされてきた非正規の雇い止めに声を上げたAさんは、誰かのための道をつくったのだと思います。

【参考資料】
・東京都労働委員会サイトhttps://www.toroui.metro.tokyo.lg.jp/consultation/faqyougo




