「時間をかけず答えたい」 秋田市の「障害者加算」返還問題 市長、当事者と初めて面会

 秋田市で起きた生活保護費の「障害者加算」返還問題をめぐり、当事者と支援者が12日に秋田市役所で沼谷純市長と懇談しました。「生活保護世帯に障害者加算の返還を求めないでほしい」という当事者の声に、沼谷市長は「即答はできないものの、重く受け止めている。あまり時間をかけずに直接、自分の声で(返還を求めないことにするのかどうか)答えたい」 と応じました。

公開質問に「返還を求めるべきではない」

 市長と面会したのは、当事者を支援している民間団体「秋田生活と健康を守る会」の後藤和夫会長と弁護士の虻川高範さん、そして2人の当事者です。この問題が発覚して1年半あまりになりますが、当事者が市長と会って直接苦しい状況を伝えることができたのは、今回が初めてです。

 沼谷さんは4月に行われた秋田市長選挙で初当選しました。筆者による選挙時の公開質問に沼谷さんは「返還を求めるべきではない」と答えました。

 また、選挙期間中に秋田生活と健康を守る会が行った要請にも、次のように回答しました。

 生活保護障害者加算の返還問題についても、市当局のミスにもかかわらず、多額の返還を求められている方々がいることについては大変憂慮しており、制度の是正・改善はもとより、最大限の対応をすべきと考えております

 市長となった沼谷さんは果たして、これらの考えを実行してくれるのか――。当事者、支援者とも祈るような気持ちで面会にのぞみました。

「即答はできないけれど」

 新市長への面会希望者は絶えないようで、約束の13時半から5分ほど遅れて順番が回ってきました。懇談は30分ほど非公開で行われ、終了後に支援団体と当事者が会見しました。

 後藤さんによると、当事者から直接話を聞いた沼谷市長は、自身が生活保護利用世帯で育った経験にも触れながら「苦しい状況は非常によくわかる。この場で要請に対する即答はできないけれど、重く受け止めた」「そんなに長く時間はかけずに、直接自分の声で皆さんに(返還を求めるかどうかの方針について)お答えしたい」と応じたそうです。

 後藤さんは「沼谷市長には一刻も早く、当事者を安心させてほしい」と話しました。

返還をとりやめた自治体

 後藤さんと虻川さんは懇談の際、当事者に返還を求めなかった自治体の事例を資料をまじえて沼谷市長に伝えました。

 例えば、秋田市と同じように障害者加算の過大支給があった愛知県豊橋市。東愛知新聞の報道によると、豊橋市は当初、当事者の生活保護世帯に返還を求めましたが、2017年になって「(生活に欠かせない生活費として)消費済みのため、返済資力がない」と判断を改め、当事者から返還を求めないことにしました。一方、市のミスの責任を明確にするため、市長、副市長、部長、退職者を含む関係管理職に負担を呼びかけて過大支給の一部を補てんしました。

 また千葉県と岩手県は、両県内の自治体が当事者に負わせた返還決定を取り消す処分を出しています。このうち岩手県は、2024年2月9日の返還決定取り消しの裁決文の中で、次のように自治体側の落ち度を指摘しています。

 〈(当事者の)自立を阻害するおそれについて、分割での返還額の支払いに応ずるといった一般的な方針を定めたからといって、具体的な検討をしたということにはならない〉〈(当事者は)過支給分の保護費を正当なものと信頼して費消していたと推認される〉

 そして岩手県は、自治体の返還額決定について「裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用があるものとして、違法というべきである」と断じました。

総務省の行政不服審査裁決・答申検索データベースより岩手県の2024年2月9日の認容裁決(赤線は筆者による)

「最低生活を阻害する恐れがある」

 秋田市はこれまで生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に「(当事者には)返還を求めなければならないことになっている」と説明してきました。

 しかし、当事者を支援している弁護士の虻川さんは「返還を求めなければならないことになっている、という秋田市の解釈には誤解がある」と指摘します。

 「63条の条文、また岩手県知事の裁決を見てもわかるように、返還を求める額を決めるのは保護の実施機関、要するに自治体側です。それはゼロ円であってもいいといえます。実際、63条に基づいて返還を求める額をゼロにした自治体もあります。63条は決して『自治体が必ず返還を求めなければならない』と言っているのではないのです」

 では、自治体側はどのように返還額を決めていくべきなのでしょうか。

 「岩手県知事裁決に端的に書かれているように、(当事者の負担感を軽くするという意味で)たとえ分割払いという方法をとったとしても、それが実質的に『最低限度の生活の保障』という趣旨に反する恐れがあるか否かを検討すべきです。仮に預金が残っていて、そこから返すことができるのであればその人の最低生活の保障の趣旨に反しないかもしれない。けれども、そういう資力は当事者にはないのです。保護費を頼りに生活している人が、その保護費からお金を返すということになると――1000円でも2000円でも返すということになると――健康で文化的な最低限度の生活を下回る暮らしを強いることになります。それは生活保護法の趣旨に反するわけです。そのことを秋田市は本当に検討したのか、ということです」(虻川さん)

「本当に今、生活が苦しい」

 市長との懇談を終えた当事者のAさんは、次のように語りました。

 「市長は、母子家庭で育ったということを話していました。それを聞いて何となく、こちら側のことを、生活のことをわかってくれるのかなと、そうなればいいなと。私はほかの当事者の皆さんのことを代弁するつもりで市長に話したんですけれど、本当に今、生活が苦しいんです、この物価高で。障害者のための就労支援事業所に通える人というのは、ほんの一握りだと思います。みんな生活保護費の中だけで暮らさなければいけない状況だと思います。それに対して返還しろということは――障害者加算を減らされた上にお金を返してくれということは、みんな生活が苦しいのに、おかしいだろうというふうな話を市長にしました」。市長はうなずいて聞いていたといいます。

 またBさんは「一昨年の段階では、保護課の課長から『これ(返還)はもう市長(当時)とも相談して決めたことなので』というメールを受け取りました。今回、市長が交代して、今までとは違った考えをお持ちのようなので、私たちの声を前向きに受け止めてもらえるのかなと期待を持っています」と語りました。

これまでの経緯
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めてきた。秋田市はその後、当事者の負担を軽減するため返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、120人のうち36人が返還額0円(返還無し)になった。残る7割、約80世帯は返還を求められている(2025年5月時点)。返還額は世帯によって異なり、最も多い世帯で約98万円に上る。

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【参考資料】
・生活保護費過払い問題で副市長らが一部補てん(東愛知新聞、2017年10月21日)https://higashiaichi.jp/news/detail.php?id=11838
・総務省の行政不服審査裁決・答申検索データベース

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