「踏まないで」と言い続ける

 間もなく参院選の投票日です。

 メディアの調査は「参政党」の躍進を予測していますが、今回の選挙戦で躍進したのは参政党というよりも「憎悪と分断」ではないか、と感じます。代わりに後退したのが「踏み越えてはならない一線」です。

差別への「堂々とした同意」が怖い

 「言ってもよいことのようにヘイトが飛び交っている」「「ヤバい発言をする人は今までもいて、でもちゃんと『ヤバい扱い』されていた。けれど今は、ヤバイ発言に堂々と同意する人がたくさん出てきている感じがして、本当に怖い」。東北の友人たちの言葉です。

 私は秋田で暮らしながら、マイノリティを中心にさまざまな人の声を取材しています。取材を支えているのは「すべての人に人権がある」という社会の共通認識です。その根底部分が壊されていくような感覚が、日に日に強くなっています。友人が言うように、人権侵害は「今までもあった」。けれどそれが堂々としたものに変わってしまったという怖さを感じるのです。

 7月16日、地元の秋田駅で友人2人とデモをしました。プラカードを手に立つ「サイレントスタンディング」です。プラカードには「差別に投票しない」「私のからだは私のもの」「SRHRは基本的人権」などのメッセージを入れました。 

SRHR=性と生殖に関する健康と権利(Sexual and Reproductive Health and Rights)。平たくいうと「私のからだのことや人生は、私が決める。ほかの人に決められるものではない」といった意味になります。

秋田駅で「#私のからだデモ」。プラカードには「私の体は私のもの」「その差別の矢印はいつだって誰にでも向く」などのメッセージを入れました(デザイン=yamamoto yukiko、撮影=sato futaba )

 道行く人の多くは素通りしますが、時折、横眼でちらっとプラカードを見てくれる人もいます。この日は1人の男性が話しかけてきました。

 「SRHRってどういう意味ですか?」「誰に向けてやっているんです?」など質問されたので一通り説明すると、男性は「参政党に反対、とはっきり書いたらいいのに」と言いました。

 特定の政党に反対というより、私たちは差別やデマに反対しているんです。そう答えたのですが、今ひとつ伝わらなかったかもしれません。それでも興味をもって話しかけてくれたことは、うれしい出来事でした。「がんばって」と言いながら男性は去っていきました。

 デモはこの数日前、7月12日にも同じ場所で行ったのですが、今ほど街頭に立つことを「怖い」と感じたことはありません。「差別に反対」というメッセージを掲げて街頭に立つ怖さは、岩手でデモをした知人の女性も口にしていました。

 差別を公約に掲げる政党への「熱狂」は、差別に反対するという小さな意思表示すら、難しくさせているのかもしれません。

言葉を失った「憲法草案」

 この数日前、自宅に参院選の選挙公報が届きました。

 目に飛び込んできたのは、NHK党の「トランプ大統領の移民政策に賛成」、そして参政党の「日本人ファースト」という言葉です。

自宅に届いた秋田県選挙区の選挙公報

 〈日本人を豊かにする〉〈日本人を守り抜く〉〈行き過ぎた外国人受け入れに反対〉――。日本国籍か否かで人を分ける参政党の公約を目で追っていると、気になる一文を見つけました。

〈護憲でも改憲でもなく、ゼロから憲法を創ることで国民の意識改革を促す

 横にQRコードがついていたので読み込んでみると参政党の「憲法草案」が現れました。一部を紹介します。

「天皇は神聖な存在として侵してはならない」

参政党の「憲法草案」より(赤枠は筆者による)

日本は、天皇のしらす(※「治める」という意味の古語)君民一体の国家である〉

天皇は、国民の幸せを祈る神聖な存在として侵してはならない

「日本を大切にする心」を有することが「国民」の基準

参政党の「憲法草案」より(赤枠は筆者による)

国民の要件は、父または母が日本人であり、日本語を母国語とし、日本を大切にする心を有することを基準として、法律で定める〉

国民は、子孫のために日本をまもる義務を負う

「夫婦の氏を同じくすることを要する」

参政党の「憲法草案」より(赤枠は筆者による)

子供は国の宝である〉

婚姻は、男女の結合を基礎とし、夫婦の氏を同じくすることを要する〉

教育勅語の復活と尊重

参政党の「憲法草案」より(赤枠は筆者による)

 〈教育勅語など歴代の詔勅、愛国心、食と健康、地域の祭祀や偉人、伝統行事は、教育において尊重しなければならない

自衛軍、軍事裁判所の設置

参政党の「憲法草案」より(赤枠は筆者による)
参政党の「憲法草案」より(赤枠は筆者による)

外国人の参政権はこれを認めない
〈国は自衛のための軍隊を保持する〉〈軍事裁判所を設置

報道機関は、偏ることなく、国の政策につき、公正に報道する義務を負う〉

憲法ってなんだっけ?

 憲法は、何のためにあるのでしょうか? ここでいったん、中学校向けの教材などをひも解いてみたいと思います。

 まずは、中学生に憲法を教える先生のために書かれたQ&A「憲法の意義」から、法務省の回答を引用します。

人はみなかけがえのない大切な存在であること、実社会ではものごとは話し合いで決められていくこと、多数決でも奪ってはならない大切なものがあることといった、人間社会の根本にあるものを、生徒に実感として理解してもらうためには、憲法の意義を学ぶことが有用です。憲法は、このような人間社会の根本にあるものを定める基本的な法だからです。学校という場で、憲法の意義を理解することによって、生徒たちに個人の尊厳と民主主義の精神をしっかりと身に付けさせることが、いま何より必要であると思われます

 次にNHKの学校向けの番組です。日本国憲法の「3つの原則」を示しています。

国民主権――国の政治のあり方を国民が決めること
基本的人権の尊重――だれもが人間らしく生きる権利をもつこと
平和主義――戦争の放棄。戦力を持たず、交戦権を認めないこと

日本国憲法の前文(枠線は筆者による)

 参政党の憲法草案に「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」という言葉はありません。

 何より憲法は国や権力を縛るものであるという基本認識から外れており「憲法」草案ですらない代物になっています。投票日が近付き、参政党の「憲法草案」を批判する報道もいくつか目にしました。

 ただ、一緒にデモをした友人は「おかしいのは参政党の改憲案だけではない。自民党の改憲案にも目を向けてほしい」と話しました。

 自民党の改憲案は2012年に出されました。こちらも天皇の「元首化」「戦争放棄」の削除「国防軍」の新規定があり、さらに次のような条文が加わっています。

自民党日本国憲法改正草案 

 「憲法は、国や権力から国民を守るもの」であるはずが「国民が遵守するもの」にすり替わっています。ここは参政党の憲法草案と同じです。

 参政党の憲法草案を読んだ後に自民党の改憲草案を読んで、少しだけ「まし」に見えてしまいました。私の中の「踏み越えてはならない一線」も下がってしまったのだろうか――とショックを受けました。

「ヘイトスピーチ」ではないのか

 秋田市に7月7日、参政党の神谷宗幣代表が応援演説にやってきました。

 演説で神谷氏は、こう発言しました。

次は私たちの番だ」っていうポスターを作ったんです。最後に特攻隊の絵を使ったら「また戦争するのか」と突っ込まれましたけど、戦争はしません。参政党は戦争反対! 戦争なんかしてる暇はない

 参政党は憲法草案で「自衛軍、軍事裁判所」の創設を掲げているうえに、神谷代表はイスラエルの徴兵制による教育効果を絶賛していました。参政党東京選挙区のさや候補も核武装を提案し、徴兵制を絶賛していました。

 秋田県では主張をマイルドに変えたのかもしれませんが、これは「嘘」でだましていることにならないでしょうか。

 演説で神谷代表は、こうも述べました。

 選択的別姓とかLGBTとかですね、やれ人権だ人権だ、外国人だ外国人だと言う立憲とか共産党にするか、それとも日本の国は日本人で守るという参政党か

 日本国憲法は「表現の自由」を保障していますが、国政政党の党首が「やれLGBTだ、外国人だ」と当事者を名指しでおとしめ続けることはヘイトスピーチそのものではないでしょうか。

ヘイトスピーチ=人種、宗教、ジェンダーなどの内的属性に基づいて、ある集団や個人を標的とし、社会の平和をも脅かす可能性のある攻撃的言説

 神谷代表が演説をしたのは、秋田駅近くの「アゴラ広場」。ここは、秋田のセクシュアル・マイノリティによる「プライドパレード」の出発地点でもあります。

参政党だけではない

 7月上旬、参政党の神谷宗幣代表の演説内容に抗議するデモが全国各地で行われました。

 問題となった神谷代表の演説を抜粋します。

 参政党は、少子化にも、ものすごく力を入れていきますね。今まで間違えたんですよ、男女共同参画とか。もちろん、女性の社会進出はいいことです。どんどん働いてもらえば、結構。けれども、子どもを産めるのも若い女性しかいないわけですよ。これ言うと、差別だという人がいますけど、違います。現実です。いいですか?男性や申し訳ないけど、高齢の女性は子供が産めない。だから日本の人口を維持していこうと思ったら、若い女性に、子供を産みたいなとか、子供を産んだ方が安心して暮らせるなという社会状況を作らないといけないのに、働け、働けってやりすぎちゃったわけですよ。やりすぎ。だから、少しバランスをとって、いや、大学や高校出たら働いてもいい、働く方がいてもいいし、家庭に入って子ども育てるのもいいですよと。

選択的夫婦別姓とか、LGBTとか、そういうイデオロギーの絡んだ共産党や立憲民主党の政策にもノーです

 女性には「子どもを産むか・産まないか」しかないのでしょうか。女性には「家庭に入るか・入らないか」しかないのでしょうか。別姓を希望する人はイデオロギーではなく、実在しています。性的マイノリティもイデオロギーではなく、実在しています。

 神谷代表の発言を私も批判的にみています。ただ、女性を「産む存在」とみなす政策は今の政府、自公政権によってすでに行われてもいます。

 地方自治体が少子化対策として行っている「官製婚活」や「プレコンセプションケア」(将来の妊娠・出産に向けて学齢期から健康教育を促す取り組み)はその最たる例です。秋田県も少子化対策として、高校生向けに「結婚・出産」への誘導的な施策を10年ほど前から進めてきました。

 私たちが批判しなければならないのは「一つの政党」にとどまらないのです。

「最後には誰が残るの?」

 7月12日、岩手県盛岡市でも女性たちがスタンディングデモをしました。主催した20代のAさんが掲げたメッセージは「差別に投票しない」。Aさんは「怒っている人がいるということを見せたかった」と語ります。

 「男女共同参画がダメだったとか、女性の価値は産むことであるかのように言われて、それに対しての怒りは、別にどこに住んでいても変わらないわけなので」

 そしてAさんは、こう続けました。

 「日本人ファーストだといわれて外国人がいなくなって、女の人には子どもを産ませようとして、その中でも弱い立場の人はどんどん切り捨てられていって、結局最後は、誰が残るの?という社会になるような気がしています」 

 憎悪と分断には「ここで終わり」ということがありません。人々を「ファースト」とそれ以外に分けたとしても、憎悪と分断を生んだ原因を一つ一つ時間をかけて解きほぐさない限り、また新たな分断が始まります。「仲間外れ」の標的が変わっていくだけです。

画像提供=yamamoto yukiko

 「踏み越えてはならない一線」を越える動きは、これまでもありました。その越え方が、より軽々と、また堂々としたものになったことは肌で感じます。

 ただ、私たちがすることはこれからも変わりません。誰かが人権が踏まれたら、その一つ一つに「踏まないでください」と言い続けるだけです。

【参考資料】
・参政党「憲法草案」https://sanseito.jp/new_japanese_constitution
・法務省「憲法の意義」https://www.moj.go.jp/shingi1/kanbou_houkyo_kyougikai_qa03.html
・NHK for School「日本国憲法の3つの原則」https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005311241_00000
・文春オンライン、2025年7月16日怪文書のようなもの」参政党が掲げる“憲法草案”をバッサリ…憲法学者が指摘する“致命的な問題点”とはhttps://news.yahoo.co.jp/articles/acd8f4b7e06cf4bbedb7c44c9f5bcbac30179e8a
・毎日新聞デジタル、2025年7月16日『今の憲法にはあるのに?参政党の創憲案で消された私たちの「権利」』https://mainichi.jp/articles/20250715/k00/00m/010/230000c
・自民党日本国憲法改正草案 https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/130250_1.pdf
・日本YWCA「日本国憲法と、自由民主党憲法改正草案比較表」https://www.ywca.or.jp/wp-content/uploads/2012/11/20121130.pdf
・朝日新聞、2025年7月18日『参政党候補のさや氏「核武装は安上がり」 入党前には徴兵制に言及』https://www.asahi.com/articles/AST7K3VNYT7KUTFK01KM.html
・国際連合広報センター「ヘイトスピーチを理解する:ヘイトスピーチとは何か」https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/48162/
・ANNnewsCH【参院選2025】参政党・神谷宗幣代表 第一声【詳細版】(2025年7月3日)https://www.youtube.com/watch?v=Dn5oj3OYXrE

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