「過疎地のことを忘れないで」 秋田県の大雨被害 「対策」から見えてくるもの

 これは、秋田県のある農村地帯の話だ。ここを流れる新城川(しんじょうがわ)という川は、大雨が降るたびにあふれ、住民は浸水被害を受けてきた。2023年7月、秋田県は大雨に見舞われた。そのとき、多くのメディアが取り上げたのは、SNSでさかんに流れてきたのは、行政が真っ先に復興を約束したのは、都市部や人口の多い地域だった。

 農村の人は言った。「ここはずっと昔から同じ目に遭ってきた」「また中心部だけを見て、ここは後回しにされるのだろうか」
 都市部の被害は確かに甚大だった。「こんなことは今までなかった」と人々は口にした。けれど「こんなこと」が、ずっと続いてきた地域がある。

 今回の記事は、そのような周縁の、人口にすればマイノリティの、しかし同じように被害に遭った人の声。「なかったことにしないでほしい」という声だ。

 「加速化し、おおむね10年以内の改修を目指す」。2023年7月の大雨で大きな被害を受けた秋田県内の河川流域のうち、新城川について、秋田県は12月8日の県議会建設委員会で、これまで「15年以上かかる」としていた工事の期間を早めて「おおむね10年以内を目指す」と述べた。

秋田市北部を流れる新城川。7月の水害で、流域は大きな被害に遭った(秋田市下新城岩城)

 新城川は秋田市北部に位置する俎山(まないたやま)を源流にする1級河川。大きく蛇行しているため、過去にたびたび洪水被害を受けている。

 新城川の改修について、筆者が11月13日に秋田県に取材した際、県は「河川改修の時期を早めてほしい、という住民の要望は理解している」とした上で「改修が終わるのは、うまくいって15年後」と回答した。

 「15年後では遅すぎる」。水害に悩まされてきた地元の農家・石川秀博さんは12月4日、県議会議長あてに早期の改修を願う陳情書を提出した。


住民が知りたかった「いつまでに」

 2023年7月の水害のあと、国や秋田県は今後約10年で集中的に水害対策を行うと決めた。その事業は「雄物川下流圏域 水災害対策プロジェクト」(事業期間2023年度~32年度)。11月30日に発表された。

 プロジェクトを見ると、あることに気づく。

 農村地帯にある新城川(延長約1.8キロ)の改修の期間は「令和5年度~」。完了する時期も事業費も明記されていない。県によると、これはまだ事業費が確定していないためだという。

秋田県や国によるプロジェクトの新城川の部分。工期は「令和5年度~」とあり、完了時期は明記されていない


 一方、市街地を流れる太平川(延長約4.6キロ)の改修は「令和5年度~令和10年度」とはっきり書かれている。国の「河川激甚災害対策特別緊急事業」として、今後5年間で195億円をかけ、集中的に行うことが決まっている。

 
 長年、水害に苦しんできた新城川の流域の住民が欲しいのは「いつまでに」という約束だ。
 「市街地ばかり見ないでほしい」という思いがある。

「10年になっただけでよかった」

 12月8日の県議会建設委員会では、住民の石川さんからの陳情書を読んだ議員たちが、新城川について質問した。

佐々木雄太議員 「15年では遅すぎる」と陳情書にありますが、今回のプロジェクトは約10年間で集中的に対策を実施していくということで、新城川もこの方向性で進めていくということで間違いないでしょうか。

秋田県河川砂防課長 これまで(7月の水害が起こる前)の予定では、新城川の河川改修については完工は(15年後の)令和20年としており、住民の方にもそのように説明してきましたが、プロジェクトで加速化していくということで調整しています。

髙橋豪議員 今回陳情を出された方の周辺については、ただでない浸水被害ということで、私もGoogleのストリートビューで確認しました。秋田市の場合、特に街中の被害が大きく報道されたと思いますが、私もここを見てやっぱり大変なものだったんだと。毎回毎回、同じところが何回も被災するというのは、私の地元でもありますし、全県であることですけれども、何とか早く解決してほしいというのがその地域の願いだと思うので、今までとは違った抜本的な対策をやっていただきたいと思います。

 陳情書を出した石川さんは「15年以上かかると言われていたものが、10年となっただけでもよかったと思う。ただ、職員の人たちも異動で変わってしまうかもしれず、住民として半信半疑なところはある」と語る。

「放っておかれた」という思い

 住民の女性が、7月の水害時の動画を提供してくれた。

 この動画は、秋田市が一帯に避難勧告を出した午後2時20分より50分前の午後1時半ごろのものだ。「あたり一面が湖になっていて、どうやって逃げろと?」。そんな住民の声があった。こういうことかと、映像を見て実感した。

 「今年ほどの被害は今までなかったですが、これに近い状況はここ10年でもたくさんありました。夜中の氾濫はみんな気付けなくて、町内で車がだめになった人もいました。問題は、他の地域がなんともない雨でも簡単にあふれてしまう新城川のことを、私たちからすれば『いままで放っておかれた』ことだと思っています」

 これ以上、置き去りにしないでほしい、という思いがある。

 この記事で伝えたかったのは、偶然に知ったある農村地域の声です。
 2023年7月の大雨被害が、もし市街地にまで及んでいなかったら。農村部を流れる新城川の河川改修は、これまでの計画通りゆっくりと進み、おそらく早まることはなかったのではないでしょうか。それだけ農村部の被害は「なかったこと」にされてきたのです。
 優先順位、効果、効率、最大多数の最大幸福の陰で、見過ごされてしまう現実があります。自分がそこにいたかもしれない。そういうことをこれからも考え続けたいと思いながら、取材しました。

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