この不安は、市民全体の不安でもある

 6月18日、秋田市議会本会議の一般質問が行われ、2人の議員が生活保護費の返還問題について市側の方針を問いました。「生活保護利用者に返還(返済)を求めないことはできないのか」「当事者を追い詰めているのではないか」。2氏は質問を重ねましたが、秋田市側の答弁は一貫していました。「返還を求めていく」「全員0にはできない」。結論ありきの答弁のように受け取れました。

【これまでの経緯】  
 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。主な原因は、厚生省が1995年に出した「課長通知」を秋田市が見落とし、障害者手帳の等級(1、2級)をもとに障害者加算をつけていたことだった。2023年5月に会計検査院の指摘でミスが発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた世帯に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に過去5年分を返すよう求めている

「この不安は、市民全体の不安」

 1人目の質問者は若松尚利さんでした。この問題は市民全体の不安である、と前置きしたうえで質問しました。

若松議員 「市民が不安を抱いていること」の一つが、生活保護費の返還ではないでしょうか。すでに受給している世帯はもちろん、いつ自分が働けなくなるか分からないのは誰もが一緒だからです。生活保護費における障害者加算の認定誤りについて、過支給分の返還を求めないことはできないのか。

 これに対する秋田市の答弁です。

佐々木良幸秋田市福祉保健部長 生活保護の制度上、実施機関の瑕疵による過支給が生じた場合であっても、そのことを理由に返還を求めないことはできないこととなっています。

 秋田市の答弁は、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠にしています。

 第63条(費用返還義務)
 被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。

 しかし2019年、東京地裁は「実施機関の瑕疵によって過支給の返還を求めた自治体」の返還請求を取り消す判決を出しています。

 この判決では「処分行政庁側の過誤を被保護者である原告の負担に転嫁する一面を持つことは否定できず、本件過支給費用の返還額の決定に当たっては、損害の公平な分担という見地から、上記の過誤に係る職員に対する損害賠償請求権の成否やこれを前提とした当該職員による過支給費用の全部又は一部の負担の可否についての検討が不可欠」とも述べています。

「市の瑕疵で生じたものでも返してもらう」

若松さんの再質問です。

若松議員 (返還を求められるということは生活保護費を実質的に)減額されてしまうように見える形になるんですが、それ、悪いのは受給者じゃないですよね? やっぱりこれ、返さなきゃいけないものなんでしょうか?

秋田市福祉保健部長 先ほどの答弁でも述べましたけれども、生活保護の制度上、実施機関の瑕疵による過支給が生じた場合であっても、そのことを理由に返還を求めないことはできないこととなっております。ただ、そうした中、返還額の決定に当たりましては、例えば領収書はなくても自立更生費用(※返還額を控除して減らすこと)として認められるものにつきましては、認められる柔軟な対応をしております。

公表があまりに遅すぎる

 続いての質問者は佐藤純子さんです。佐藤さんは質問に先立ち、問題発覚の経緯について改めて市の対応を批判しました。

佐藤議員 昨年5月の会計検査院検査で、市は生活保護世帯の受給可否を確認するよう指示を受け、その結果、120人、約8100万円の返還が明らかになりました。8月には、対象者から「返還を求められた」という相談を受けましたが、議員に知らされたのは10月3日のメールが最初で、詳細は11月27日の厚生委員会でした。この誤加算について、議員への連絡があまりにも遅いということを、指摘しておきたいと思います。

 佐藤さんの指摘はその通りだと思います。仮定の話になりますが、もし、この問題が明るみに出る時期がもっとずれていたら。もし、議員への報告が「返還請求の後」になっていたら。120人(のちに119人に訂正)の当事者はほとんど知られることもなく、生活保護費(障害者加算)をひっそり削られ、過去に受け取った分の全額に近いような返還(返済)を背負っていた可能性も、否定できません。

批判がある中、すでに5人が返還

 引き続き佐藤さんの6つの質問です。(※実際は一括で質問し、まとめて答弁する形式でしたが、佐藤さんの質問と秋田市の答弁を交互に記載します)

佐藤議員 昨年の奈良(順子)議員の質問で、責任は市にあることを認めています。(質問❶)過大支給分の費用返済は、どこまで進んだのか。

秋田市福祉保健部長 過大支給分の費用返還決定状況について、5月31日現在、認定誤りがあった120人のうち28人の費用返還額が決定し、5人の方から返還がありました。

 5人が既に返還に応じている――とのことでした。

 返還についてはこの日の市議会で「見直すべき」という質問が2人の議員から出ています。民間団体や法曹団体から「見直しを」という要望も複数出ています。一部の当事者が秋田県に対して審査請求をしています。

 このようにリアルタイムで問題が動き、批判も出ている中で、一部の当事者から返還を受けているのは拙速ではないでしょうか。いったん返還作業を止めるという上層部の判断は、なかったのでしょうか。

自立更生の調査は適正なのか

佐藤議員 ケースワーカーが、対象者に自立更生(※返還額を控除して減らすこと)について説明し、写真なども撮り、審査を行っているようですが、(管理職から現場の)ケースワーカーへの指示は口頭だったと聞きました。文書なしの口頭だけで、内容を全て伝えることができるのか、疑問が残ります。(質問❷)対象世帯への調査方針は、ケースワーカーにどのように伝えたのか。

秋田市福祉保健部長 費用返還額から控除する自立更生費用の認定にあたっては、対象者の病状に配慮しつつ、個別の事情を丁寧に聞き取った上で、組織的に判断したことを(※聞き取れず)管理職から(※聞き取れず)査察指導員、およびケースワーカーに対し方針を伝え、認識の共有を図っております。

 当事者に取材して感じるのは、自立更生費用の調査方法にばらつきがあるということです。0円となった当事者の話を聞くと、調査の基準は非常に「大まか」なものでした。この当事者は0円になったのでよかったのですが、0円にならなかった当事者(返還金が生じている当事者)の調査も「大まか」だった可能性はないでしょうか。疑念がぬぐえません。

佐藤議員 先月、本来は、障害者加算が正当な人をも誤って削除したことが判明しました。県からの診断書を取り寄せ、確認することになっていましたが(質問❸)初診日の確認について、本来は秋田県が保管する精神障害者保健福祉手帳を発行した際の医師の診断書に基づいて行うべきであったにもかかわらず、そのように対応しなかったのはなぜか。

秋田市福祉保健部長 精神障害者保健福祉手帳を発行した際の医師の診断書に基づいて初診日を確認していない方については、特別児童扶養手当受給に係る診断書等障害の程度が確認できる書類により初診日が確認できたことから、改めて障害手帳の診断書により初診日を確認しなかったものであります。

佐藤純子さんの一般質問文面

「食費や生活費を一律に認めることはできない」

佐藤議員 (質問❹)県の指導では、自立更生(※返還額を控除して減らすこと)に資する費用と認められる範囲に、食費や生活費も排除されないとしていることから、全てを自立更生として認めるべきではないか。

秋田市福祉保健部長 世帯の自立更生に資する費用については、自立更生のためのやむを得ない用途に充てられたものであって、社会通念上、容認される程度の額と認められた場合に返還額から控除することとしております。食費や生活費について個別の事情を十分に把握した上で、自立更生費用の認定を検討しており、全てを一律的に自立更生費用と認めることはできないものです。

「病状に配慮」しながら返還を求めていく

佐藤議員 1年前から、過大支給分の返済と、過大分の減額で、対象者は二重の負担を強いられています。精神を患い、仕事ができず、生活保護が認められたかたがたを思うと、憤りさえ覚えます。(質問❺)精神疾患を抱える方に対し、市の間違いにより、1年近くにわたり不安や苦痛を与えていることを、どう考えているのか。

秋田市福祉保健部長 対象者に対しましては、保護費返還への不安等を払拭する必要があるものと認識しております。病状に配慮しながら、各世帯の個別の事情を十分に把握することに時間を要しているところであり、引き続き、寄り添った対応をすることで、不安等の軽減に努めて参ります。

「手帳だけで加算」を国に要望

佐藤議員 そもそも、精神障害者を差別しているような、この認定そのものを変えるべきと、市も国に対して要望を出しているようですが、実効性のある要望で早期に改善できるよう求めるべきです。(質問❻)精神障害者も、精神障害者保健福祉手帳による確認だけで加算支給ができるよう、国に強力に求めるべきではないか。

秋田市福祉保健部長 精神障害を有する被保護者の障害者加算について、手帳等級により認定できるよう、国に実施要領の改正意見を提出したほか、県と共同で国へ同内容の提案をしたところであり、引き続き機会をとらえて働きかけてまいります。

加算でやっと「健常者」に近づく

 障害者加算とは何か。「加算」という言葉には「さらにプラスする」といったイメージがありますが、そうではないのだということを、佐藤さんは再質問で訴えました。

佐藤議員 私は全額、自立更生にすべきだと思います。生活保護法には障害者加算とはどういうものなのかが明記されています。それには「障害により最低生活を営むのに、健常者に比してより多くの費用を要する障害者に行われる」とあるんですよね。健常者と同じ生活をするために、その分を補填しないと最低生活を維持できないという、そのための加算だということを考えると(秋田市のミスが続いてきた)20年も「あなたはこの金額で生活してください」と提起されていた金額が、全く間違っていたと言われた当事者は、大変な状況にあると思います。調べたところ、高い人で(1カ月)2万4000円くらい減額されるんです。低い人で1万4000円くらいです。その金額が突然、差し引かれた。さらに(過去の支給分を返すように)請求をされるということでは、生活最低を維持できなくなる。生活保護はセーフティネット、最後の砦で、その人が(健康で)文化的な生活を営む権利を有する、その金額が提示されているわけですよね。そこから「秋田市が間違っていたから返せ」と言われても。(障害者加算が)プラスされたものを当たり前の金額として生活していた当事者に返済を求めるなんて、とんでもないと思います。先ほどの若松さんの質問に「請求しなければいけないんだ」というふうな市の答弁がありました。(請求について)決めるのは秋田市なので、自立更生に全額貸与すると、それに使うんだよということで、秋田市は対象者には請求をすべきでないと思いますが、いかがでしょうか。

秋田市福祉保健部長 自立更生費用につきましては、ご存知の通り「自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものであって、地域住民との均衡を考慮しながら社会通念上、容認される程度であるということを認められた場合に控除すること」ということになっておりまして、今おっしゃったように食費ですとか生活費についても、例えば医師から病状等を聴取するとか、ケースの実態を的確に把握した上で控除の可否を判断しておりますので、なかなか一律に、AさんBさんを同じく一律に0円にするということはできないものでございます。

「全員ゼロにすることはできない」

佐藤議員 6月13日にですね、東京地裁が生活保護基準引き下げについて違法(最低限度の生活水準を保障する生活保護法に違反する)という判決を出した。これは全国で18回目の勝訴になっています。ということは、いま障害者の方々が受け取っている金額さえも違法だということ、それだけ低い生活を強いられているということになるのではないかなと思います。そこへのやっぱり配慮をしなければだめじゃないかなと思いますけど、何としても秋田市として、一律に全額を自立更生に認めるというわけにはいかないんですか。

秋田市福祉保健部長 先ほども申しましたけれども、個々の事情に応じての自立更生費用になりますので、一律に全員ゼロにするということはできないものでございます。

〈参考資料〉
・裁判所ウェブサイトhttps://www.courts.go.jp/
・平成29年2月1日判決言渡 平成27年(行ウ)第625号 生活保護返還金決
定処分等取消請求事件https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/893/086893_hanrei.pdf
・いのちのとりで全国裁判アクションホームページhttps://inochinotoride.org/whatsnew/240613_tokyo

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