手紙

 秋田で暮らす、Aさんという80代の女性がいます。

 初めて妊娠した時、Aさんは親族から病院へ連れて行かれました。そこで何の説明も受けないまま中絶手術をされ、同時に、子どもを産めなくなる「不妊手術」をされました。

 Aさんと夫は、ともに聴覚に障害がありました。中絶手術と不妊手術は2人の知らないところで決まり、2人の同意を得ずに行われたものでした。1960年代のことです。

 「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的にした優生保護法(1948~1996年)のもと、日本では障害や病気を理由に強制的な不妊手術が行われてきました。被害者は記録にあるだけで約2万5000人、秋田県内では373人の被害が確認されています。Aさんも、その一人です。

 優生保護法の問題は「過去」のことだと、いえるでしょうか。

 自身も聴覚に障害があり、県内で被害者支援の活動してきた秋田県聴力障害者協会の事務局長、加藤薫さん(72歳)に話を聞きました。

人口政策として生まれた「優生保護法」

  以下は、これまでの流れです。

 国家はその時々の社会状況に応じて、人々の「産む/産まない」という権利を政策によってコントロールしようとしてきました。

 戦争のための兵力・労働力が必要な時代は「産めよ殖やせよ」というスローガンのもと多子多産を奨励しました。戦後は一転、人口爆発による食糧難などを抑えるため、子どもを産ませないようにする政策を推し進めました。 その中で生まれたのが「優生保護法」(1948~1996年)です。

 同意のない不妊手術を合法化
 優生保護法は「不良な子孫の出生を防止する」という目的を第1条に記し、障害のある人などへの強制的な不妊手術や中絶を「合法化」しました。その運用はどんどんエスカレートし、国は本人の同意がなくとも、また本人をだましても不妊手術を行ってもよいと自治体に通達しました。被害者への不妊手術や中絶では、国と自治体が中心的な役割を果たしました。

 1949年(昭和24年)から1996年(平成8年)までの間に行われた強制的な不妊手術の被害者は、記録に残っているだけで2万4993人。その約7割は女性で、1975年以降の被害者に限ると9割以上が女性でした。

 最高裁「優生保護法は憲法違反」
 2018年、宮城県の女性が被害者に対する損害賠償を国に求める訴訟を提起。これをきっかけに訴訟は各地に広がり、9か所で裁判が行われました。最高裁判所大法廷は2024年7月3日、優生保護法は制定された時から「憲法違反」だったとし、国に賠償を命じる統一判断を下しました。

 人口減と「健やかな出産」啓発
 人口減少が進んだことで、近年の国や自治体の人口政策は「産んでもらう」ことへ誘導するようなものとなっています。その例として、自治体が仲人のような役割を果たす「官製婚活」や、思春期から結婚・出産を意識づけする「ライフプラン教育」、将来の妊娠のための健康管理・健康教育を促す「プレコンセプションケア(受胎前ケア)」などがあります。

優生保護法は「終わっていない」

 「なぜ聴こえない人が、このようなひどいことをされるのか。法律というものはいろいろあっても、基本的には人を、人間を守るためのもののはずです。優生保護法だけではありません。昔から、優良な遺伝子を残す、不良な遺伝子は排除するというような考え方があって、それが障害者差別というものになってきたと感じます」。加藤さんの言葉です。

 優生保護法の問題は終わっていない、と加藤さんは言います。

 「優生思想のような考え方が、毎日毎日、いっぱいあります。考え方ひとつで、人間は変わります。優生思想というものを植え付けられると、もう簡単に、人間は変わります。優生思想は障害者自身が望んだものではない。聴こえる人たちが一方的につくったものです。そこに親とか、ろう学校の先生、医師も同調しました」

県内で被害者支援の活動をしてきた秋田県聴力障害者協会の事務局長、加藤薫さん

 加藤さんは、聴覚障害のある人たちの人権回復運動に長くかかわってきました。その中で、強制不妊手術の問題にも向き合いました。

 5年ほど前、不妊手術の被害に遭ったという一人の女性が協会の事務所を訪れました。それが、Aさんでした。

被害を語ることができない

 「(Aさんは)無理やりに親族から、断種(不妊)手術をされたと。本人は、赤ちゃんができなくて、ずーっとおかしいと思っていたと言っていました」(加藤さん)

 これまで、加藤さんが直接相談を受けたのはAさん一人です。

 「(被害を受けた人は)自分から名乗れない。社会的に弱い立場に置かれた人です。家族もやっぱり、人目を避けてできるだけ黙秘しようとする。被害を受けた方が名乗り出るようなケースは、まれです」(加藤さん)

「第36回秋田県手話問題研究集会」参加のしおりより

 Aさんが加藤さんのもとを訪れた時期は、各地で強制不妊手術の被害者が裁判を戦っているさなかでした。加藤さんは、裁判を支援している弁護士の同席のもと、裁判を起こす意思があるかAさんに尋ねました。「どうしたいか、裁判をやりたいかと聞いたところ(Aさんは)裁判を起こしたいと言っていました」

 しかし、訴訟行動には至りませんでした。

 訴訟にかかる費用のことだけではなく、そうして声を上げること自体、被害者にとってとてつもない「体力」を要するものだと、加藤さんは推し量ります。 

「子どもを大切に育てたかった」

 私はAさんに話を聞きたいと思い、加藤さんに相談しました。

 Aさんは県内でも交通の便がよくない地域に住んでおり、障害があって高齢でもあるため、連絡をとること自体、難しい状況にありました。そこで、加藤さんに間に入ってもらい、Aさんに手紙を出すことにしました。手紙には、私がAさんに尋ねたい質問も、いくつか記しました。

 手紙を預けた翌々日、加藤さんから連絡がありました。昨日、偶然Aさんが事務所へ相談に訪れたのだそうです。2、3年ぶりの訪問だったといいます。

秋田県聴力障害者協会の事務所が入っている建物

 Aさんの相談に応じた後、加藤さんは私が預けた手紙をAさんに手渡しました。Aさんは読み書きに困難があるため「私、文章(返事)が書けない」と戸惑っていたそうです。

 そこで加藤さんは「私がAさんの話(手話)を読み取って文章にするから、それを確認して、あなたの字で紙に書き写してほしい」とAさんに提案しました。Aさんは「それなら」と、応じてくれたそうです。

 私はその場に立ち会うことができませんでしたが、加藤さんとAさんがやり取りした内容は、次のようなものでした。

加藤さんのサポートのもと、Aさんが自ら書き記した手術の記憶と今の思い

 Aさんが妊娠したのは23歳の時でした。妊娠がわかってから3カ月ほどたったある日、Aさんは夫の親族から県外の病院へ連れて行かれました。そこで、何も説明がないまま、中絶手術と不妊手術(断種手術)を同時にされました。

 Aさんと夫は、それがどのような手術なのかを一切知らされませんでした。

 Aさんはその後、なかなか妊娠しないこと、そしておなかにある手術の痕から、自分が不妊手術をされたと知ったそうです。Aさんは「悲しくて悔しかった」「聴こえる家族が勝手に手術をすすめたと知って、家族なのにと悔しかった」「子どもを大切に育てたかった」と手話で語りました。

怒りと悲しみの手話を繰り返した

 加藤さんによると、Aさんは「悔しい」「悲しい」「差別」「怒った」という短い手話を繰り返したそうです。

 「短い手話には、聴こえない故に語彙(ことば)が足りず、うまく伝えられない本人のもどかしさや苦しさ、悲しさがある。それを私たちは汲み上げて伝えていかなければならない」と加藤さんは言います。

Aさんが書き記した強制不妊手術、中絶手術の記憶と、今の思い。長く、語られることのなかったものでした

 Aさんが当時のことを手話で語り、加藤さんが手話を読み取って文字にし、その文字をAさんが確認し、Aさん自らの手で紙に書き写す――2人はこの日、1時間ほどかけてこの作業を繰り返しました。Aさんは「疲れた」「文章にしてくれてありがとう」と言い、帰ったそうです。

 「聴こえない人は、目で情報を受け取るしかありません。文字も正しく読めないことがあります。誰かが、彼女に情報提供しないと、本人の意思を理解できないと思いました」(加藤さん)

情報が届きにくい人がいる

 優生保護法は憲法違反であり、国に損害賠償責任があると断じた2024年7月3日の最高裁判決。それから3カ月後の2024年10月8日、被害者に補償金を支給するための補償法が成立しました。

 その前文には、次のように記されています。

国会及び政府は、この問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚し、これらの方々の名誉と尊厳が重んぜられるようにするとともに、このような事態を二度と繰り返すことのないよう、その被害の回復を図るため、およそ疾病や障害を有する方々に対するいわれのない偏見と差別を根絶する決意を新たにしつつ、この法律を制定する

補償法による補償
不妊手術の被害者は1500万円(本人が亡くなっている場合は遺族)、配偶者(事実婚を含む)は500万円の補償を受けることができます。また被害者本人のみを対象にした一時金(優生手術等一時金320万円、人工妊娠中絶一時金200万円)も支給され始めています。


 こども家庭庁のまとめ(2025年1~12月累計)によると、全国で補償金などの支給が認定されたのは1629件。このうち秋田県内で補償金などの支給認定に至ったのは、39件。県内で確認されている373人という被害者数から見ても、決して多くありません。

 加藤さんは、声を上げることのできない被害者が「いると思う」と語ります。

 「一番問題になることは、(被害者本人が)聴こえないし情報が届かないこと、被害者自身が話せないことです。行動を起こすと家族が止めてしまうということもありました」

「産むべきでない」とされた人々

 加藤さん自身も、身近で優生手術について聞いたことがありました。

 「私がこの会(秋田県聴力障害者協会)に入ったのは 1981年です。1年に1回、東北ブロックの研修の場があって、聴こえない者同士は結婚しない方がいいとか、結婚してもいいけれども子どもはつくるなと、周りから言われた時代がありました。その頃はまだ、優生保護法の問題が続いていた(※優生保護法は1996年まで存在していました)。当時、私は 40代でしたが、周りを見たら子どものいない夫婦が何組かいました。その中には、やっぱり、断種手術を受けて、産めなかった夫婦も、いたかもしれない。残念ながらその人たちはもう、亡くなってしまっている。今、生き残っているのは80代以上の方です」

「第36回秋田県手話問題研究集会」参加のしおりより

 耳が聴こえない人同士は結婚しない方がいい、子どもをつくらない方がいい、と言われたとき、加藤さんはどのように感じたでしょうか。

 「障害者だから子どもをつくればだめだというのは、大きな人権問題。まして、断種手術というのは…。人間であればこそ障害者であっても、結婚しても、子どもを産んでもその人の人生だから、自分のことは自分で決めるような考え方が大事だから。障害者の生き方を否定するおかしい社会、障害者を差別する社会には、黙っていられない。だから、協会の会員として、運動して変えていきたいと思ってきた」(加藤さん)

「聴こえないのに、聴こえるふりをしたこともある」

 加藤さんは小学6年生の夏休み、脳膜炎が原因で聴力を失いました。

 「いまだに聴こえることが良くて、聴こえないことはダメいうような考え方もありますね。この聴こえないことはダメ、という考え方は、聴こえる人がつくった考え方です。逆に言えば、私は聴こえる人たちに対して、聴こえるためにかわいそうだと思うことがあります。例えば、夜中に雷が鳴ると驚いて目覚めるとか、自分の後ろで自分の悪口をしゃべられるとか、嫌なことがいっぱいありますね。聴こえることで、良いこともあれば悪いこともある。耳に入る音は、自分で勝手に選べないから」

 加藤さんはそう言って笑った後、次のように語りました。

 「このような言い方も、最近やっと、できるようになりましたけれども、私も中途失聴者だったから、聴こえなくなった頃は自分が障害者という名前をつけられることに、すごく抵抗があった。聴こえないけれど、聴こえるふりをしたり、ごまかしたりしたこともあります。聴こえない障害というのは、見た目ではわからない。『私、耳が聴こえません』と言って初めて『ああ、加藤は聴こえない人なのか』とわかるのです」(加藤さん)

障害のある人を排除する仕組み

 加藤さんは、自身の日常にある差別についても語りました。

 「例えば、障害者の欠格条項というものがあります。欠格条項というのは、障害者を締め出す法律です。現在もたくさんあります」

欠格条項
障害を理由に資格や免許を与えない、職業に就かせないなど機会の平等を制限する法規定のこと。障害を理由に資格や免許を「与えない」といった法規定(絶対的欠格)は2001年の法改正以降、見直されてきましたが、その後も「与えないことがある」などと表現を変えた形(相対的欠格)で、多くの法規定に残っています

 「少し前まで、まったく聴こえない人は運転免許を取ることができませんでした。なぜダメかというと国は『聴こえないから、危ない』と。反対に言えば、聴こえる人は100%安全でしょうか? 聴こえるから安全というわけではなく、聴こえていても事故は起きています」(加藤さん)

 聴こえない人の運転免許取得は2008年6月、40年に及ぶ当事者運動の末にようやく実現しました。

「どうせ手話通訳はつかないだろう」

 インタビューの日は、衆院選の真っただ中でした。加藤さんは政見放送を例に挙げて次のように語りました。

 「候補者の政見放送で、手話通訳とか字幕をつけるかどうかは、政党の任意なんです。聴こえない人は、我慢することに慣れている。例えば職場の会議でも、どこでもどうせ手話通訳はつかないだろう、と。共生社会っていうのは、聴こえる人も聴こえない人も同じということ。楽しいことも、悲しいことも、苦しいことも、みんな同じに味わう。そのための情報保障がないと実現しません」

 2025年6月、手話施策推進法が施行されました。手話に関する施策を総合的に推進するために国や自治体に手話の普及・習得・通訳者の確保などを義務づける法律です。

 しかし「司法・政治」の場での手話通訳の保障について、義務化はされませんでした。

 「いろいろな方法で手話を県民に広めていますが、聴こえない人のために手話を覚える、という考え方ではなく『手話ができないという自分のハンデ』をなくすために学ぶのだと思ってほしい。手話を通して、聴こえる人も聴こえない人も、対等。そういう考え方に変わっていけばいいなと思っています。法律そのものだけの問題じゃない。国民がいまだに持っている優生思想も、変えなきゃと思います」(加藤さん)

秋田県聴力障害者協会のクリアファイル

後記・プレコンを広げる前に

 いま国はプレコンセプションケア(受胎前ケア)という政策を進めています。この政策では「健康であること」、とりわけ「将来の妊娠のための健康」が重視されます。

 国はプレコンを住民に普及させるため、5年間で5万人の「プレコンサポーター」を全国に養成したいと考えており、2026年1月には日本のプレコンに関する正しい知識・情報をまとめた「プレコンサポーターテキストブック」を公開しました。

 全127ページのテキストブックには「健康」という言葉が278回、「障害」という言葉が148回登場します。そこでは、女性が健康管理に気をつけなければ「生まれた子どもには〇〇の障害という兆候が見られる」というような表現が、医学的な事実として繰り返し、記されています。

 このテキストブックを読んで私が感じたことは、障害は「リスク」としてのみ語られ、障害のある人の「人生」が見えない、ということでした。 

 加藤さんの言葉です。「健康な子どもを産むためにさまざまな知識を得て、健全な生活をすることは、悪くはないと思う。しかし『健常者』の中でも、健康的な生活をしても、たまたま、生まれた子どもに障害があるということもあります。医学的な統計でも1000人の赤ちゃんのうちに1人は、聴こえない障害をもって生まれるといわれますから」

 日本の公的プレコンは、運用次第で、優生思想につながりかねない側面があると考えています。

 この政策を国が推し進めている事実を考えるとき、加藤さんが語った「優生保護法は終わっていない」という言葉を思い出さずにいられません。

不妊手術、中絶手術を受けたAさんが書き記した「今の思いと、これから望むこと」

【参考資料】
・JOICFP「歴史から学ぶ ― 産めよ、殖やせよ:人口政策確立要綱閣議決定(1941年(昭和16年))」https://www.joicfp.or.jp/jpn/2017/01/11/35983/
・赤川学『信濃毎日新聞』と『東京朝日新聞』における戦時期人口政策(人文科学論集. 人間情報学科編38:133-148(2004年))https://share.google/zTYQkgzR4RmV7jrvq
・CALL4「優生保護法に奪われた人生を取り戻す裁判【アーカイブ】」https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000086
・『優生保護法が犯した罪――子どもをもつことを奪われた人々の証言』(現代書館、2018年)https://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5827-3.htm
・最高裁判所「優生保護法国家賠償請求訴訟」の判例 令和5(受)1319 国家賠償請求事件 2024年(令和6年)7月3日 最高裁判所大法廷 判決 棄却 大阪高等裁判所 令和3(ネ)2139https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-93159.pdf
・こども家庭庁「旧優生保護法補償金等に係る特設ホームページ」https://www.cfa.go.jp/kyuyusei-hoshokin#2
・こども家庭庁「はじめようプレコンセプションケア」よりhttps://precon.cfa.go.jp/precon-supporter/#kouza
・衆議院「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律第21条に基づく調査報告書」https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/shiryo/yuusei_houkokusho.htm
・障害者欠格条項をなくす会サイトhttps://x.gd/R3M2u
・SSKW 障害者欠格条項をなくす会ニュースレター#79(2020年7 月27 日発行 ) https://www.dpi-japan.org/friend/restrict/gaiyo/leaflet2020.pdf
・内閣府「障害者に係る欠格条項の見直しについて」https://www8.cao.go.jp/shougai/honbu/jyoukou.html
・障害者等に係る欠格事由の適正化等を図るための医師法等の一部を改正する法律の施行について〔理学療法士及び作業療法士法〕https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6720&dataType=1&pageNo=1

タイトルとURLをコピーしました