「誰のための行政なのか」

秋田市の佐々木良幸福祉保健部長(左)に要請を手渡す「秋田生活と健康を守る会」会長の後藤和夫さん

 「全ての当事者の返還を取り消し、全員に謝罪をしてほしい」

 秋田市が精神障害のある生活保護利用者約120人に対し、長年支給ミスをしてきた「障害者加算」の過去5年分を返すよう求めていた問題で、秋田県が市の返還決定を「違法」として取り消したことを受け、当事者を支援している民間団体が7月15日、秋田市に対して当事者全員の返還(返済)を取り消すよう要請しました。

 秋田市から返還を求められていた3人の当事者が、取り消しを求めて県に不服申し立て(審査請求)をしていました。

 秋田県による裁決の記事はこちらです。

「なぜ2年もかかってしまったのか」

 要請には当事者のほか、民間団体「秋田生活と健康を守る会」会長の後藤和夫さん、自由法曹団秋田県支部長で弁護士の虻川高範さん、きょうされん秋田支部事務局長の伊藤雅人さんらが参加しました。

 秋田市は沼谷純市長が出張で不在だったため、佐々木良幸・市福祉保健部長ら4人が出席しました。

 「そもそも、なぜこのような問題が生じたのか、さらに問題が発覚してから2年近くもの間、市民に寄り添った対応ができなかったのかなどの検証を行い、二度とこのような人権侵害が発生しないようにすべきです。市長選での公約に従い、全当事者への返還決定の取り消しと謝罪を行うことを要請します」。後藤さんは沼谷市長に対し、このように求めました。

(写真左から)要請を読み上げる「秋田生活と健康を守る会」会長の後藤和夫さん、弁護士の虻川高範さん、きょうされん秋田支部事務局長の伊藤雅人さん

 沼谷市長は今年4月に行われた秋田市長選挙の際の公開質問で「返還を求めるべきではない」と答えています。その「公約」を守ってほしい、という訴えでした。

秋田県の裁決は「常識的な判断」だった

 「秋田県知事の裁決は、他県の裁決と比べて突出しているわけではなく、ある意味、常識的な判断を示しています。逆に言うと、これまでの秋田市の主張や判断がいかに常識的な判断とかけ離れていたかということを、県知事裁決は明らかにしたということです」

 虻川弁護士は裁決をこう評価した上で、秋田市の対応を批判しました。

 「私たちは再三にわたって、他県の知事の裁決東京地裁判決などを引用して『秋田市の返還決定は、最低限度の生活を保障するという法の趣旨に反する』と述べてきました。けれども市は一貫してそれを否定してきました。その判断が誤りだったということが改めて裏付けられたということを、重く受け止めていただきたい」(虻川さん)

 虻川さんが述べた「東京地裁判決」は今回の秋田県裁決のベースになっています。

2017年2月の東京地裁判決(最高裁判所ホームページより、下線は筆者による)

 そして東京地裁判決の趣旨は、虻川さんが指摘するように民間団体や秋田市議らも再三、市に伝えてきたことでもありました。

「3人だけの問題ではない」

 今回、秋田県に不服申し立て(審査請求)をしていたのは当事者120人のうち、3人でした。これについて虻川さんは「秋田県による『違法』という判断は、審査請求をした当事者3人にとどまるものではない。同じように返還決定を受けた人たちについても、同じように違法だと示している」とし、秋田市に対して次のように述べました。

 「『3人は審査請求をしたから返還を取り消す』『ほかの人は違法ではあるけれども、審査請求をしていないから取り消さない』という不公平な態度は、法律の適正な運用をする地方自治体としてありえないことです。全当事者について取り消すべきです」

当事者に「本当の謝罪」を

 また虻川さんは、当事者への「おわび」についても言及しました。

 この問題が表面化した2023年10月、秋田市長(当時)は市政記者クラブに「おわび文」を発表しています。

 秋田市が市政記者クラブに発表した資料は、ものにもよりますが市のホームページに「記者クラブ配布資料」として掲載されます。しかし市長のおわび文は、一度も掲載されませんでした

 一方、秋田市は2024年1月以降、120人の当事者に次のような文面の「おわび」を送っています。

秋田市が当事者に郵送した「おわび」文(下線は筆者による)

 副題「(おわび)」とあるものの、内容はほとんど督促状です。

 虻川さんは「2023年10月に秋田市長(当時)のおわび文が発表されましたが、ポンといっぺん出しただけで、当事者の方々に対して直接的な謝罪、おわびはされていませんでした。今回はきちんとしていただきたい」と述べました。

「生きていてよかった」と思える市に

 また、きょうされん秋田支部の伊藤さんは「昨今の物価高で私たちも非常に苦しい状況です。当事者の方たちはとても不安な思いをして、どんなにつらかったかと思います」と話しました。

 伊藤さんはこの問題について、市民が「おかしい」と声を上げているのを聞いたそうです。「そういう市民の声もしっかり聞いて、この問題をどう解決していくか考えてほしい。市長には『生きていてよかった』と思える秋田市にしていただけたらと思っています」

 これらの要請を受けて、秋田市の佐々木福祉保健部長は「内容を十分に精査して対応したい。要請の趣旨についてもしっかりと受け止め、検討していきたい」と述べました。

「早く全員を安心させてほしい」

 要請後の会見で、審査請求をしたAさん(60代)、Bさん(50代)が思いを語りました。

 Aさんが「障害者加算」(毎月1万6620円)を打ち切ると秋田市から伝えられたのは、2023年11月。翌12月から、生活費(家賃を除く)はおよそ2割減り、約7万4000円になりました。

 追い打ちをかけたのが「返還金」という名の借金です。過去5年間に受け取った障害者加算を返さなければならず、その額は86万3620円に上りました。その後、秋田市による控除(生活に欠かせない物品の購入費を「自立更生費」として返還額から差し引く作業)が進み、Aんに示された最終的な返還決定額は、35万1767円でした。

 Aさんは、35万円を「月々2000円の分割払い」で返還する計画を市から提示されました。障害者加算を打ち切られて2割ほど減った生活費を、さらに削って月々2000円を市に返済する――という計画でした。

秋田市からAさんに届いた「分割納付計画書」(「秋田生活と健康を守る会」提供)

 Aさんの言葉です。

 「先週の金曜日に返還がゼロになるということを聞いたんですけれども、その時、ゼロになるのは私たち3人だけだというのを聞いて、えっと思いました。訴えた人たちしか救われないのか、あとの人は見過ごされるのか思うと、喜んでいいのか分かりませんでした。私はたまたま力を貸してくださる方がいました。でも精神的な障害がある人の中には、外に出られない、人にも会えないという方もいます。秋田市から返還の通知を受け取っても、どうしたらいいのか分からなかった人もいっぱいいたと思うんです。泣き寝入りをして、払わなくちゃいけないと思った人ばかりだったかもしれません。そういう人たちのことも、早く安心させてほしいと思います」

「やり方一つで、命を奪うことがある」

 Bさんは2023年8月、毎月の障害者加算を止められること、そして過去の分の返済もあることを秋田市から告げられました。

 当初、秋田市から示された返還額は約75万円。市はこの額から差し引く作業を進め、最終的な返済の額は約52万円になりました。BさんもAさんと同じく、月々2000円の分割払いを提示されました。

 Bさんは「返還」に対応するため、週3回の午後のみだったB型就労支援施設での仕事を主治医に相談して週5回のフルタイムに変更しました。しかし心身に負荷がかかり、仕事をしていると体が震えてきました。そうして頑張っても、月収は障害者加算1万6620円の額に届きませんでした。

 Bさんの言葉です。

 「この2年間、本当に、目の前が真っ暗になった人が大勢いたと思います。障害者加算が削られて、それから返還しろと…。社会復帰を目指している人の病状に、追い打ちをかけるようなことだと思います。行政の行動、やり方ひとつで、命を奪うこともあり得ます。秋田市が120名の方にしてきたのはどういうことなのか、どこまで追い詰めたのか、肝に銘じて、今後の対応を考えてほしいです」

誰のための行政なのか

 当事者を支援してきた「秋田生活と健康を守る会」の後藤さんは、裁決への受け止めを問われ、次のように語りました。

 「この問題に取り組む発端になったのは、障害のある1人の男性からの相談でした。その方は、私たちのところに相談に来ること自体が、何か秋田市に歯向かうようなことにならないか、そういうことがものすごく怖いと言っていました。生活保護制度を利用しながら暮らしているけれども、私たちに相談したことで、それ自体も失ってしまうことにならないかという不安を抱えながら、勇気を出して相談に来たんです」(後藤さん)

 それから2年。後藤さんは、東京地裁の判決なども示しながら「当事者の方々に犠牲を負わせることなく市の責任で解決してほしい」と繰り返し秋田市に要望してきました。それでも、市の判断が変わることはありませんでした。

 「2年間も当事者を苦しめてしまったことについて、私が一番思うのは、どうしてそういう行政になってしまっていたのか、ということです。憲法や法律、判決を尺度に考えるのではなく、厚生労働省から来た通知を一番の憲法のように見立てて、それにだけ従って判断するという行政の姿勢によって、2年もかかることになってしまった。誰のために行う行政なのか。人権尊重を第一に掲げた行政にならなければ、このような問題は今後も形を変えて出てくるのではないでしょうか」(後藤さん)

これまでの経緯
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めてきた。秋田市はその後、当事者の負担を軽減するため返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、120人のうち36人が返還額0円(返還無し)になった。残る7割、79人は返還を求められている。79人の返還決定額は合計約3100万円で、最も多い人は97万円にのぼる(2025年6月末時点)。一部でも返還に応じた当事者は79人のうち57人で、2025年5月末時点で478万円が市に返還された。

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【参考資料】
・2017年(平成29年)2月1日判決言渡 2015年(平成27年)(行ウ)第625号 生活保護返還金決
定処分等取消請求事件https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/893/086893_hanrei.pdf

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