「受胎前ケア」ではなく「ケア」を プレコンサポーターテキストブックを読む②

 秋田県をはじめ、全国の自治体で進む政策「プレコンセプションケア(受胎前ケア)」について、医療人類学者の柘植あづみさんとともに考えるシリーズの2回目です。

 日本の公的プレコンセプションケア(プレコン)という政策には、障害のある人やマイノリティの存在を排除しかねない側面があることを、とくにプレコンに携わる立場のみなさんに伝えたいと思いながら取材しました。

 1回目の記事はこちらです。

「質の良い卵子」を強調する自治体

 「プレコンセプションケアは今、とても流行っていますが『妊娠する前に妊娠の準備をするための教育』のようになっていて。私はすべての女性が妊娠することが前提になっていること自体、おかしなことだと思ってきました」。柘植さんはこう語ります。

 柘植さんは、2017年に刊行された書籍「文科省 高校『妊活』教材の嘘」の編著者を西山千恵子さんとともにつとめました。

「文科省 高校『妊活』教材の嘘」

「妊娠のしやすさと年齢」のグラフ改ざん問題

2015年、文部科学省は高校保健体育の教材『健康な生活を送るために』を発行しましたが、その中の「妊娠のしやすさと年齢」のグラフが改ざんされていたことが判明しました。教材のグラフでは、妊娠しやすい年齢のピークが「22歳」に設定され、若いうちに妊娠・出産させる方向に誘導しようとする意図があると批判されました。

2015年当時、政府が決定した少子化社会対策大綱には、妊娠や出産について「学校教育において、正しい知識を教材に盛り込む取組などを進める」と記され、文科省と内閣府は連携して教材を改訂。「妊娠のしやすさと年齢」を強調しようとしました。

 ちなみに書籍の7章には、秋田県の事例も登場します。著者はライター・編集者で「SOSHIREN女(わたし)のからだから」メンバーの大橋由香子さんです。

 ここで取り上げられた秋田県の事例というのは、県と県教育委員会が結婚・出産の気運を醸成する目的で2015年に作成した高校生向けの「家庭科副読本」です。

 副読本では、女性の年齢が上がるにつれて「卵子」の数が変化することにふれ、巻末にあるワークシートでは生徒に「将来の配偶者と子ども3人のライフプラン」を書き込ませる形式になっていました。「若いうちに結婚して3人産むのが理想的コース」という誘導的な内容を、書籍は批判的に紹介しています。(※副読本とワークシートは2026年度に改訂され、現在は「卵子の変化」の記述が削除されているほか、ワークシートも生徒本人のライフプランを書き込むものになっています

 「『妊活』教材の嘘」刊行からおよそ10年。自治体によるプレコンセプションケアでは「妊娠のしやすさ(卵子の変動)」に注目する施策が一層、広がっています。

徳島県公式サイトより(赤線は筆者による) 

岩手県発行『【JIBUN VISION】「妊娠・出産」について』より抜粋。赤線は筆者による

和歌山県公式サイトより(赤線は筆者による)

 自治体の政策は卵子、卵子…という状況ですが、「妊娠のしやすさ」をめぐる「捏造」への反省や検証は、この10年でなされたのでしょうか。

 「実は、いまだにあのグラフ(※22歳が妊娠のしやすさのピーク)を信じ、使っている自治体や保健所などもあって驚いています。グラフは使わなくとも『20代前半から(妊孕性は)下がっていきます』といった文章を目にすることもあって、どうしたらいいのか…」(柘植さん)

 自治体が「卵子」「妊娠適齢期」をプレコン施策に取り入れる一方、1月に公開された「プレコンサポーターテキストブック」では妊娠を意識した「健康」と「予防」が色濃く表れていました。

「妊娠適齢期」とは何か

 柘植さんは、プレコンセプションケア政策と現実との「ずれ」について、次のように指摘します。

 「私がもう一つ、プレコンセプションケアで気になっているのは『妊娠適齢期』と『妊娠のための健康』を強調しているところです。例えば、35歳以下で産みたいと思っても、非正規雇用で働いていたら女性は退職しなければならない現実があります。パートナーの稼ぎだけでは生活するのが難しいという状況の中で子どもを産んだら、より困窮してしまう不安があるわけです。シングルで子育てすることもあります。プレコンセプションケアと言うのであれば、そこまで考えましょうと言いたいのです。出産に健康保険を適用する政策が検討されていますが、健康保険のない人への補助を考え、産んだのちには、性別で子育て負担を押し付けられない、誰もが子育てにかかわりながら自分の望む生活を続けられる社会を考えるのもプレコンに入れて欲しい」(柘植さん)

 ちなみに国民健康保険料を滞納している世帯は183万世帯(11.4%)となっています(2023年度)。柘植さんが指摘するように、主な背景には困窮があると考えられています。

プレコンは「産んでほしい側」の施策になっていないか

 「プレコンを進める国や自治体が考えているのは『多くの人たち(マジョリティ)』のことでしょう。『妊娠出産する人たち』のためではなく、この地域の人がどんどん高齢化していって高齢者人口が30パーセント、40パーセントになって大変、だから元気な子どもさんを多く産んでほしい、プレコンをやりましょう――という流れになっています。プレコンセプション“ケア”なので、少なくとも『産みたい人』をケアしようとはされているのでしょうが、『産んでほしい』と思っている人のためではなく、『産もうかどうしようか迷っている人』が、これなら産めると思うようにするための“ケア”という視点で、考えていただきたいです。もちろん、『産みたくない人』『産まなかった人』『産みたかったけれども産めなかった人』を排除しない社会を考えようという姿勢が必要です」

 「妊娠したいと思った時、したくないと思った時、絶対的に妊娠を望まない時…いろんなパターンがあると思います。いろんなパターンがあり、選択肢があって、どの選択をしても尊重される社会が必要だと思います。『プレコンセプション』じゃなくて。例えば、障害のある子どもと家族のこと、同性カップルがお子さんをこんなふうに育てていて子どもさんも楽しそうです、とか。現実がテキストを越えている部分もあると思いますし、そういう方たちに話を聞く機会をもうけることもできると思います。『プレコンは大事』と思っている人たちがこのような意見を言うことが、結構大きいと思っています」(柘植さん)

こども家庭庁に質問

 「プレコンサポーターテキストブック」に関し、3月4日にこども家庭庁に下記の質問をしました。回答期限を過ぎましたが回答がなかったため、再度、回答をお願いしています。回答があり次第、アップしたいと思います。

 こども家庭庁への質問は、以下の通りです。

1、 プレコンサポーターテキストブックの13ページには、胎児性アルコール症候群の顔貌のイラスト、またどのような障害の兆候がありうるかが詳細に記されております。このような記載の仕方について、障害のある当事者や家族への偏見や差別を助長する恐れがあるのではないかと感じております。そこで2点、お伺いいたします。

①「胎児性アルコール症候群」の部分は、どのようなお考えや目的をもって、執筆・掲載されたものでしょうか。

②障害のある当事者への偏見や差別を助長する恐れについては、どのようにお考えでしょうか。


2、テキストブックでは、健康の大切さや「胎児への影響」について全体に多く触れられています。「健康な児」を産むことに重きが置かれた内容となっており、障害のある人の視点がないと感じました。この点について、どのようにお考えでしょうか。

3、テキストブックは今後、全国のプレコンサポーターが活用することになります。障害の「リスク」が強調された現在の内容ですと、プレコンセプションケアを普及する際に、サポーターが差別や偏見を助長するような啓発を行ってしまう可能性はないでしょうか。

4、プレコンセプションケアは本来、人権に基づくものと考えております。ただこのテキストでは「健康」「予防」「管理」に重きが置かれるあまり、障害のある当事者や女性の権利という視点が薄れていると感じます。この点について、お考えをお聞かせください。

【参考資料】
・こども家庭庁プレコンサポーターテキストブックhttps://precon.cfa.go.jp/precon-supporter/
・厚生労働省「少子化社会対策大綱(概要)https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000081807.pdf
・内閣府「有村内閣府特命担当大臣記者会見要旨」2015年8月21日https://www.cao.go.jp/minister/1412_h_arimura/kaiken/2015/0821kaiken.html
・西山千恵子、柘植あづみ編著『文科省/高校「妊活」教材の嘘 』(論創社、2017年)https://www.ronso.co.jp/book/b10157316.html
・徳島県公式サイト https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kenko/iryo/5052383/
・大分県公式サイトhttps://www.pref.oita.jp/soshiki/12470/preconception-care.html
・岩手県「【JIBUN VISION】「妊娠・出産」について https://www2.pref.iwate.jp/~hp0359_1/pregnancy/index.html
・和歌山県公式サイトhttps://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/041200/preconceptioncare.html
・2023年度(令和5年度)国民健康保険(市町村国保)の財政状況についてhttps://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001546569.pdf
・医療経済研究「国民健康保険料の滞納の分析」(四方 理人田中 聡一郎大津 唯、2012年23巻2 号 129-145)https://www.ihep.jp/wp-content/uploads/current/research/5/97/Vol.23_No.2_2012_05.pdf

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