「私は、確かにいる人間」

 「国にまず見てもらわないと、と思いました。生活保護の現場で一体何が起きているのかを」

 秋田市で暮らすAさんの声です。

 Aさんは精神障害があり、生活保護を利用しています。医師の診断をもとに秋田県が交付する障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)の等級は「2級」です。

精神障害者保健福祉手帳2級
厚生労働省による障害等級判定基準では「精神障害であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」と定義されます。

 秋田市は2023年、精神障害があり生活保護を利用している市民に長年支給していた「障害者加算」(月1万6620円~2万4940円)を「市のミスだった」という理由で突然、停止しました。さらに、過去5年分の障害者加算を返すよう当事者たちに求めました。

まだ終わっていない
障害者加算の認定の複雑さが一目でわかる表 9月4日の秋田市議会で、沼谷純市長が改めて「謝罪」しました。 秋田市が精神障害のある生活保護利用者120人に対し、誤って支給した「障害者加算」過去5年分を返すよう求めていた問題について、市長は「すべ…

 Aさんは、このとき被害に遭った120人のうちの一人です。

 秋田市で起きた問題の背景には「国の仕組み」があります。

 その仕組みは、精神障害を差別的に取り扱っており、各地で自治体のミスも誘発してきました。

 Aさんを含む秋田市の被害者4人は2023年11月、民間団体「秋田生活と健康を守る会」の支援を受けて、秋田市が決定した「障害者加算の停止」を取り消してほしい――と秋田県に審査請求しました。「国の仕組み」に異議を申し立てたのです。

審査請求
国や地方自治体の行った処分に不服がある場合に、行政不服審査法に基づいて、不服を申し立てる(審査請求する)ことができます。裁判とは異なり、国や自治体が処分の違法性や不当性の判断を行います。審査請求に費用はかかりません。(総務省「行政不服審査法の概要」より)

 しかし、Aさんたちの審査請求に対して秋田県は「棄却」の判断をくだしました。Aさんたち被害者の主張は認められず、「国の仕組み」を是認する内容でした。

まるで「数合わせゲーム」のように

 障害者加算とは、障害があることで余計に生じる出費をカバーし、障害のある人に「最低限度の生活」を保障するためのお金です。

 Aさんは月1万6620円の障害者加算と生活保護費(家賃補助を除く)を合わせたおよそ8万円強を受給していました。しかし、2023年8月に秋田市が障害者加算を停止したため、Aさんの生活費はおよそ2割減りました。

 「市の間違いだった、取り消ししますと、いきなり(障害者加算を)削除されて、これが正しいやり方なのか、ただの数字合わせゲームみたいな感じがしました。こまごまとした間違いはともかくとして、それとはもう、次元が違います」(Aさん)

 秋田市の支給ミスは、1995年から2023年まで20年以上にわたって続いてきました。20年以上支給されてきたということは、それだけ長く「当事者の暮らしの支えになってきた」ということでもあります。

 当事者の身になれば、その暮らしの支えを突然失った出来事でもありました。

 Aさんは2023年11月、3人の当事者とともに秋田県に審査請求をしました。「(障害者加算の取り消しについて相談していた弁護士が)通らないかもしれないけれども、審査請求を出しましょうとおっしゃってくれたので、これは問題提起する必要があると思いました」(Aさん)

延々と繰り返される「年金の申請手続き」

 Aさんたち精神障害のある当事者は、なぜ障害者加算を突然止められることになったのでしょうか。

 その理由を、下の図をもとにたどりたいと思います。

東京都の生活保護運用事例集2017(令和3年6月改訂版)より

 この図は、精神障害がある人の「障害者加算」認定の流れを示したものです東京都の「生活保護運用事例集2017」より)。

 この図にAさんのケースを当てはめながら、考えてみます。

 Aさんが障害者加算を受給するにはまず、年金事務所に「障害年金の申請手続き(裁定請求)」をする必要があります。手続きには主治医の診断書が必要です。

 年金事務所に「障害年金の申請手続き」ができるのは、精神障害者保健福祉手帳が「1、2級」の人です。「3級」の人は障害者加算の対象外となります。

 精神障害のある人は「障害年金の申請手続き」をすることで、障害者加算の対象となるかどうかが決まります。秋田市のミスは、この手続きを経ずに精神障害者手帳「1、2級」の人たちに障害者加算を支給していた――というものでした。

 Aさんは精神障害者手帳「2級」なので「障害年金の申請手続き」ができます。ちなみに障害年金の申請手続きをしてから「裁定結果」が出るまでの間は「暫定的な障害者加算」がつきます。

 年金事務所から「障害年金の裁定結果」が届き、障害年金の等級が「1、2級」だった場合、障害者加算を受給できます。

 しかし障害年金の等級が「3級」になると、障害者加算の対象外となってしまいます。

 Aさんの障害年金の結果は「3級」。障害者加算の対象外でした。

 精神障害のある生活保護利用者が障害者加算を受給するには、障害者手帳の更新(2年に1度)のたびに、この「障害年金の申請手続き」を延々と繰り返さなければなりません。

 東京都の図は、この「延々と繰り返される申請手続き」を示しています。

 秋田市のある精神科医は以前、このような「延々と繰り返される手続き」を「不毛」と表現していました。

「こんなことは不毛だ」――秋田市のある医師の声 
月8万円ほどの生活費が突然、2割も減らされる。そこへ追い打ちをかけるように、多額の「借金」を突き付けられる――。秋田市で起きた生活保護費の「障害者加算」(障害があることで生じる生活の困難を補うために支給されるお金。額は月に約1万6000円〜…

 身体障害の場合障害者手帳1~3級であれば、障害者加算の対象になります。「手帳の等級で加算」というシンプルな仕組みです。

 しかし精神障害の場合は、障害者手帳1、2級であっても「障害年金の申請手続き」を経て「障害年金の1、2級」にならなければ、障害者加算の対象になりません。身体障害と異なり、複雑な仕組みです。

年金を絡ませることで生じる弊害

 Aさんの精神障害者手帳は「2級」。主治医の診断書を基にした結果です。

 しかし、同じ主治医の診断書を基にした障害年金の等級は「3級」。このため、障害者加算の対象外になってしまいました。

 Aさんによると、主治医は「十分に障害年金2級のレベルだと思って診断書を書いた」と驚いていたそうです。「『3級ということはないでしょう、どうしちゃったんだろうね』と繰り返しおっしゃったので、専門医の先生がここまでおっしゃるのであれば、やっぱり、見過ごすことはできないなと思いました」(Aさん)

 障害者加算が必要かどうかは、その人の「障害の程度」、つまり障害者手帳の等級で十分に判断できるはずです。障害者手帳は医師の診断と自治体の審査を経ており「2年更新」なので、その人の症状の変化も反映されます。

 しかし、東京都の図からもわかるように、精神障害の場合だけ「手帳の等級」に加えて「障害年金の審査」を絡ませています。 

 これが高いハードルになって「手帳1級、2級」の当事者であっても、障害者加算を受給できないという事態につながっています。

 さらに、年金保険料を支払っていた当事者が障害者加算を受給できず、何らかの事情で年金保険料を支払っていなかった当事者が障害者加算を受給できる――というねじれた現象も起きています。

「手帳だけで加算ができるようにすべき」

 ちなみに、この複雑な制度の根拠になっているのが1995年に出された厚生省(当時)の課長通知です。この通知が自治体のミスにつながっていると言えます。 

旧厚生省課長通知「精神障害者保健福祉手帳による障害者加算の障害の程度の判定について」

 秋田県を含む自治体は、この「課長通知」を見直してほしいと国に要望してきました。

「地方分権改革に関する提案募集」整理番号270より

自治体から国への提案

精神障害を有する生活保護受給者の障害者加算の認定について、障害の程度の要素ではない「障害年金の裁定請求権」により認定資料を変える複雑な運用とせずすべて精神障害者保健福祉手帳の等級で程度の判定を行うことが可能となるよう、障害者加算の認定方法を統一する。

 身体障害と同様に、精神障害の場合も「手帳の等級」で障害者加算を認定できるようにしてほしい、という声です。

秋田県は「課長通知」の合理性を認める

 Aさんたちも、この「課長通知」を疑問視し、秋田県への審査請求では「障害者手帳の等級で障害者加算の認定をすることは正当なはずだ」と主張しました。

 しかし秋田県は「課長通知」を「処分庁(秋田市)が従うべき規範である」とし、課長通知が「法に違反しているということもできず、合理性を有する」と結論づけました。

 また、秋田県を含む自治体が「手帳の等級で加算する仕組みにしてほしい」という意見を上げていることについて「県内外の団体が国への改正意見を上げているからといって、ただちに課長通知に反するような取扱いをすることが許されるなどとは考えられない」として、Aさんたちの訴えを退けました。

 秋田県が改正意見を上げているにもかかわらず、課長通知を是認する裁決には、矛盾を感じます。

付言で「認定方法の統一を」

 Aさんたちの訴えを退けた秋田県でしたが、最後の「付言」には、次のように記していました。

 秋田県の付言障害者加算の認定方法の統一について」

 精神障害を有する生活保護受給者の障害者加算の認定については、障害の程度の要素ではない年金の受給権の有無により認定資料が変わるという複雑な運用となっており、国民年金保険料を支払っている者が障害者加算の認定を受けられず、国民年金保険料を支払っていない者が障害者加算の認定を受けられるという場合が生じ得ることから、制度の運用について結果的に不公平であるとの印象を受けることを否定できない。処分庁においては、このような不公平感が解消されるよう、国に対し、障害者加算の認定方法を統一するよう引き続き求めていくことが望まれる

 「棄却」という秋田県の判断と「付言」について、Aさんは次のように語ります。

 「国が決めていることなので、県知事の裁量でどこまで踏み込めるかとは思っていました。(付言によって)最後に、ほんの僅かでも、自分たちのことを見てくれたのかな、そういう一面があるのかなとは思いました」(Aさん)

「私は確かにいる人間」

 Aさんたち3人の当事者は3月30日、「秋田生活と健康を守る会」の支援を受けて、厚生労働大臣あての「再審査請求書」を提出しました。秋田県の「棄却」という判断を取り消すよう、今度は国に求めたのです。

 再審査請求の理由として、Aさんたちは、障害者加算の削除によって憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」がおびやかされていること、また精神障害の当事者に対する障害者加算の認定のあり方が憲法14条(法の下の平等)、障害者権利条約第5条(平等及び無差別)に反していることなどを挙げています。

Aさんたちが厚生労働大臣あてに提出した「再審査請求書」(秋田生活と健康を守る会提供)

 秋田県庁で行われた記者会見で、Aさんは名前を伏せたうえで、メディアの撮影にも応じました。

 「私は、確かにいる人間だっていうことをアピールしたかった」とAさんは言います。

 「(手帳で障害者加算を認定してほしいなど)さまざまな要請も出ているのに、それにも国は知らん顔です。この再審査請求では、国にまず見てもらわないと、と思いました。生活保護の現場で一体何が起きているのかを」(Aさん)

「現状維持が精いっぱい」

 ここから、少しAさんの半生に触れたいと思います。

 「もともと家族は、ちょっと機能があまりうまくいってなかった」とAさんは語ります。厳しい幼少期を過ごし、Aさんは長く祖母と2人で暮らしてきました。

 「小学5年生の終わりに遠縁の人が(家庭の状況を)見かねて、うちの祖母を福祉事務所に引っ張っていって、生活保護を申請しました」。学校では陰湿ないじめに遭い、経済的にも苦しい暮らしでしたが、地元で働きながら20代半ばで通信教育の大学に進学。英語の教員免許を取得し、30代で公立学校の臨時講師になりました。

 うつ病になったのは、県内で臨時講師をしていた2000年ごろでした。

 勤務校では、英語のほか免許外教科の数学や保健体育を教えることになり、経験したことのない運動部の顧問も担いました。部活の保護者からは「社会人出身の先生なのに全然頼りにならない」などのクレームが寄せられ、自信を失いました。

 「胃痛と立ちくらみの症状が出て、病院をはしごしました。仕事を辞めればストレスもなくなるだろうと思っていたんですけど、実際にはじわりじわりと進行していたようで、十二指腸潰瘍になっていました」

 半年ほど休んでから、別の学校に復職しました。しかし症状は悪化し、退職。再び学校現場に戻ったものの、限界になっていました。

 「その時にはもう、朝出勤するのがつらい状態になっていました。やっぱりもう、無理だなと、学校の校長にはすべて正直に事情を話しまして、辞めさせてくださいと。その後はもう、手持ち金もなかったので、私も子どものころ生活保護世帯でしたので、こういう場合はもう、ここしか頼れるところがないというふうに思っていましたので、迷わず保護課の方に一人で足を運びました」(Aさん)

 2014年に、精神障害者保健福祉手帳2級を交付されました。

 「私の場合、うつとか、そういった症状は比較的軽めの方だったと思います。ただ、年数が経つにつれて、フラッシュバック、過去のつらいことを思い出す現象が起きてしまって、それで不安が強く出るように症状がだんだん変わってきました。年数を重ねてちょっとずつ、重くなってきたかなっていうのがありました。現状維持が、ちょっと精一杯になってしまっているかなと思います」

 うつ病などの気分障害は「症状が変動する」といわれます。しかし「散歩や気分転換」「気の持ちよう」でどうにかなるものでは、ありませんでした。

もう一つの声

 秋田市で起きた問題の被害者120人の中には、Aさんたちと異なり、障害者加算が復活した人もいます。Bさんも、その一人です。

 Bさんは、Aさんと同じく精神障害者保健福祉手帳「2級」を持っています。

 Bさんはかつて、体調不良で年金保険料を納めることができない時期がありました。この「未納期間」があったため、Bさんは「年金の受給権」を失い、障害者加算を受給できることになりました。

 年金保険料が「未納」だった自分が障害者加算の対象になった――という現象について、Bさんは複雑な思いを抱いてきました。

 Bさんの言葉です。

 「私にとってみれば、(障害者)手帳を持っていて、障害者加算が必要な人っていうのは、顔を見たことがなくても、みんな自分の仲間みたいな気持ちで思っているので、その中で私一人だけ、微妙な差だけで救済されて、障害者加算が支給されるとなって、他の人たちに出ないっていう事実がすごい苦しみでもあって。今でも、自分だけもらって、他の人には出ない…出ないんだっていうのは、ずっとその苦しみが続いているような状態でもあるので、なんとか国に、本当に簡単なことではないのかもしれないけど、 1日も早く仕組みを本当に変えてほしい。平等になるように。身体障害と同じように、精神障害の人のことも扱うように本当に求めています、心から」(Bさん)

国に対する制度改正の要望

 「精神障害のある生活保護利用者に、手帳の等級のみで障害者加算を認定できるようにしてほしい」という要望としては、国会への請願や、大阪弁護士会の意見書も出ています。

第217回国会「精神障害者の生活保護障害者加算認定に関する請願(結果は審査未了)

 身体障害者の障害者加算認定は身体障害者手帳の等級でストレートに行われるのに対し、(略)精神障害者への障害者加算認定は精神障害者手帳の等級でストレートに行われず、(略)取扱いが不平等・不公平なまま現在まで約三十年も経過している。この通知によって生活保護業務が複雑となり、全国で精神障害者への障害者加算削除・過支給返還間題が発生する大きな原因となっており、地方自治体から内閣府や厚生労働省に対して、精神障害者の障害者加算認定の方法を改正するよう多くの意見が出されている。(略)精神障害者に対する不平等や差別の解消は待ったなしの状況にある。
 ついては、次の事項について実現を図られたい。
 精神障害者に対する生活保護における障害者加算の認定は、障害年金の裁定請求権の有無にかかわらず、精神障害者保健福祉手帳の等級で等しく認定を行うようにすること

大阪弁護士会「生活保護の障害者加算の過支給問題に関して適切な対応を求める意見書」(2025年11月7日)

精神障害者の障害者加算の認定について、身体障害者と同様に精神障害者手帳の等級による旨課長通知を改正すべきである。
② 実施機関の過誤に基づく障害者加算の過支給金について生活保護法 63 条に基づく返還請求を行うに際しては、該当世帯の生活状況を十分に調査し、分割によってでも返還を求めると最低生活保障や自立助長の趣旨に実質的に反するおそれが生じるか否かを検討し、特段の事情がない限り、過支給金の返還を請求しないものとする決定を行うべき旨の通達を発出すべきである。

【参考資料】
・「精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について」(1995年9月12日、各都道府県知事あて厚生省保健医療局長通知)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta4615&dataType=1&pageNo=1
・総務省「行政不服審査法の概要」https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/fufuku/gaiyou02.html
・旧厚生省課長通知「精神障害者保健福祉手帳による障害者加算の障害の程度の判定について」1995年(平成7年)9月27日 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta8465&dataType=1&pageNo=1
東京都の生活保護運用事例集2017(令和3年6月改訂版)
・内閣府「障害者権利条約」https://www8.cao.go.jp/shougai/un/kenri_jouyaku.html
・第217回国会「精神障害者の生活保護障害者加算認定に関する請願」https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_seigan.nsf/html/seigan/2170337.htm
・衆議院事務局チャンネル「請願の概要と手続の流れ」https://www.youtube.com/watch?v=Ix5whuj4RBQ
・参議員審議概要第217回国会【常会】〔会期 令和7.1.24 ~6.22 計150日間〕/5 請願の審議経過 請願審議概況https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/old_gaiyo/217/m-217.html

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