「結婚の希望をかなえる気運醸成事業」として、秋田県が小中学生、高校生向けに作成している「ライフプランニング副読本」について、以前こちらの記事で紹介しました。

この副読本が、2026年度から改訂されました。
とくに着目したいのが高校生版の改訂内容です。

「家族プラン」でなく「私の人生」に
大きく変わったのは、高校生版の副読本の巻末にある「ライフプラン作成シート」です。
改訂前の2025年度の「ライフプラン作成シート」は「結婚して3人の子がいる」という枠組みになっており、「未来の家族のプラン」を書く形式でした。
改訂前
「結婚して3人の子がいる」という枠組みのライフプラン作成シート

しかし2026年度の改訂版では「生徒本人のライフプラン」のみを書く形に変わっていました。
改訂後
「家族のプラン」の枠がなくなり、生徒が「自分のライフプラン」を書く形式に変更

キーワードに「独身」「事実婚」も
また、シートを書くとき参考にするキーワードの中には、以前はなかった「独身」「事実婚」「養子縁組」という例が加わっていました。
改訂前
キーワードの中には「結婚」「出産」「子育て」など婚姻を前提としたものしかなかった

改訂後
キーワードの中に、それまでなかった「一人暮らし」「独身」「事実婚」「養子縁組」など多様な生き方が盛り込まれた

このほか、改訂版ではライフプラン作成シートの「記入例」が削除されていました。
改訂前
記入例には〈男子生徒が大学進学で上京し、そこで出会った女性を秋田に連れて帰り、結婚。女性が秋田で2人の子どもを産み、男性の親と同居〉という人生が、2015年から記載されていた
↓
改訂後
記入例の記載自体がなくなった

「女性の卵子数の変化」も削除される
さらに、それまで掲載されていた「女性の年齢の変化による卵子数の変化」のグラフが削除され、2026年度版には掲載されていませんでした。

改訂前
プレコンセプションケア(受胎前ケア=将来の妊娠のための健康管理を促す政策)が重要だという記述とともに、女性の卵子数が年齢とともに変化していくというグラフが掲載されていた
↓
改訂後
グラフの掲載自体がなくなった
批判を受けた「ライフプランシート」
秋田県の副読本が作成されたのは2015年。そのころから秋田県の副読本、とくに「ライフプラン作成シート」のあり方は批判されてきました。
2017年に刊行された書籍『文科省 高校「妊活」教材の嘘』(西山千恵子、柘植あづみ編著、論創社)は、秋田県の副読本が結婚に誘導的である点や、「標準的」な人生を強調することで子どもたちにプレッシャーを与えかねない点を指摘していました。
秋田県は今回、どのような考えから副読本を改訂したのでしょうか。文書で質問したところ、次のような回答が寄せられました。
質問 巻末のライフプラン作成シートから「配偶者と子ども3人の家族プラン」がなくなり、改訂版では「私のライフプラン」になっていました。変更の理由を教えてください
秋田県の回答
子どもたちがこれからの人生設計を考える上で、結婚や出産、子育てをすることに縛られず、多様なライフプランを描けるよう、内容を変更しました。
質問 巻末のシートのキーワードの欄に「独身」「事実婚」「養子縁組」を新たに加えた理由を教えてください
秋田県の回答
副読本の作成にあたっては、子どもたちに「こうした生き方があるべきだ」という価値観の押し付けにならないよう、最大限、細心の注意と配慮を払って内容を検討しています。今回の改訂では、子どもたちに多様な生き方があることを示しながら、より多様なライフプランを描ける内容にするため、新たなキーワードを追加しました。
秋田県によると、改訂は県庁の関係部署や教育委員会が協力して行いました。副読本は今後も、高校の家庭科などの授業で広く活用される予定です。
「結婚」そのものは残る
以前こちらの記事で発信したように、改訂前の高校生向け副読本には「地域の未来のために、結婚し子どもを産んでもらいたい」という意図が色濃く現れていました。
それは、この副読本が「少子化対策」という明確な目的のもと、生まれたものだからです。


「結婚の気持ちの醸成」を目的につくられたこの副読本を、秋田県が「より多様なライフプランを描ける内容」へと改訂したことに、私は希望を感じました。
それだけに「結婚」を押し出す部分が改訂版でも残り続けた点は、やはり残念でした。
この点について秋田県に尋ねたところ、次のような回答が寄せられました。
質問 「結婚」のページはどのような観点から残したものでしょう
秋田県の回答
現在の副読本は、2021年度(令和3年度)に「少子化対策副読本」と「男女共同参画副読本」を統合したものとなっております。このうち「少子化対策副読本」は、教育現場等において家庭の大切さについて理解を深めるとともに、結婚に対する自然な意識を醸成することを目的に作成していた経緯があり、こうした経緯を踏まえて、現在の副読本においても結婚に関する内容を取り扱っています。
なお、副読本では結婚をはじめとしたライフイベントを例示し、関係情報を掲載していますが、授業で活用する際には、結婚することや子どもを産み育てることなどを決めつけたり、押しつけたりするものではないことに留意するよう、各学校長へ通知しています。
この副読本は、秋田県の「結婚の希望をかなえる気運醸成事業」に位置付けられています。

人口減少が進む秋田県では、少子化対策として、副読本から「結婚」という軸を外すのは難しいということです。
「隠されたメッセージ」
副読本の改訂については、秋田県議会(2026年3月)でも質疑が行われました。一部、抜粋します。
加藤麻里議員
教育現場で使用する副読本についてお伺いしたいと思います。以前、全国的に問題視された産むことを押しつけるようなあからさまな内容というものはなくなって(中略)オンライン意見箱を設置するなど、一定の評価を私はしたいと思います。ただ、ちょっと気になる点が何点かあります。例えば(中略)「自分らしく生きよう」と書いてはいるんですけれども、6ページには秋田の結婚事情だとか少子化の現状が書かれてあって、その中に令和6年(2024年)に秋田県で結婚した人が最も多かったのは、男性は28歳、女性は26歳となっているなどと書かれています。
これはもちろん事実でありましょうけれども、果たして高校生が知りたい情報なのかなと私は思いました。ここには隠されたメッセージがある、そう感じます。こうした隠されたメッセージというのは、結婚年齢や、女性であれば妊娠や出産、そして中絶など、自分の意志で選択できる権利があるはずなのに、周りから強いられているように感じるということであり、これこそが若い女性たちが感じている地方の生きづらさそのものではないのかなと思います。秋田未来創造部長にこの点についてお伺いします。
秋田未来創造部長
いろいろな方々、それぞれ捉え方はあると思いますけれども、決して特定の何かを強制するというよりは、この副読本自体が様々な方の協力を得て作成されております。その中には男性もいれば女性もおりますので、そういう方々が真摯に内容を確認してできたものでございます。様々な意見があるということは承知していますので、そういう意見もいただきながら、こういう副読本をより良いものにしていきたいと思っております。
「性的少数者」の人権を反映してほしい」
加藤議員
秋田県では令和4年(2022年)4月から、性的少数者の方々が個人として尊重され、良好かつ平穏な生活が確保されることを支援するために、秋田パートナーシップ宣誓証明制度を導入しています。こうした県の姿勢を副読本に反映してはいかがでしょうか。あまり反映されていないと私は感じるのですが。未来創造部長いかがですか。
秋田未来創造部長
実は副読本につきましては、このライフプランニングの副読本と、もう一つ、多様性を考えようという副読本がございまして、こちらもライフプランニングの副読本と同じように、教育長を含む関係部局に見ていただきながら作成しているものです。そちらの方に直接は、差別やいじめをなくすための視点だとか、多様性に関係するような副読本なんですけれども、そういうところににじませながら掲げておるつもりですけれども、今後ライフプランの副読本の方にもそういうものを入れた方がいいという意見もあったということで、今後の検討課題としていきたいと思います。
「どのような方にも不快感を与えない文章は難しい」
加藤議員
補助資料のページをご覧ください。これは富山県のライフプラン教育副教材のデジタルブックです。表紙の高校生の制服姿にもジェンダーの視点が私はあるなと感じています。(中略)結婚のスタイルも多様化している中で、どのようなパートナーシップを築きたいのか、生徒に問いかけています。富山の結婚事情にも少子化にも全く触れられていません。どのページにも私が感じるのは、高校生に寄り添った姿であり、自分らしく生きる、生きられるんだという未来への安心感があるなと思いました。知事はこれからジェンダーアクションなどいろいろ頑張ってくださるということですが、どのようにお感じになったでしょうか。
鈴木健太知事
いろんな感じ方をする方がいるものだなということを思いながら聞いておりました。いかなるこういう文章もですね、見えないメッセージがあると思おうと思えば思える話でありますし、それは本当にどのような方にもそういう不快感を与えないような文章っていうのは、ちょっと作るのは非常に難しいなというふうに私は感じております。最大限、前もですね、いろんなことがちょっと秋田県の副読本についてはありましたから、細心の注意を払って様々な配慮をした上で、今回はお作りしているものでありますので、程度問題というものはもちろんあるんですけれども、何ら私どもとしてこうした生き方があるべきだというような押し付けをする意図は一切ないということをですね、公にこの場でお話をさせていただきたいと思います。
加藤議員
よく学校では隠れたカリキュラムというものがありまして、知らず知らずのうちにそういったメッセージを送っていると。そのことに気づかないということが多くあるということで、自分も学校で暮らしてきた経験をもとに、こういう中にですね、いま後ろからも笑いが起きましたけれども、そういった笑いが起きるっていうこと自体が、女性に対する別なメッセージを与えているんだということに、私は気づいていただきたいなとちょっと思いました。
後記 なぜ笑いが起きたのか
人口減少が進む中で、国や自治体は子どもたちの「ライフプラン」――「産む/産まない」にさまざまな形で介入しています。その現状について取材し、批判的な記事を書くたびに「自分が考えすぎなのだろうか」と自問する場面が、何度もありました。
そんなとき、思い出す声があります。
「私が女の子と付き合っていたとき、友達から『彼氏いる?』じゃなくて『恋人いる?』と聞かれたのが、すごくうれしかったし、ありがたかった」
秋田県内のある女子高校生が、2年ほど前に語った言葉です。
彼女は、同性(女性)が恋愛対象です。
自分が付き合っている人を「彼氏」ではなく「恋人」だと友達が言った、そのことが、なぜ彼女はこれほどまでにうれしかったのか。その答えは、私たちの社会にあります。
私たちの社会には「女性は男性(異性)を好きになり、いつか彼氏ができ、結婚して子どもを産むものだ」という物語があふれています。
一方で私たちの社会では、法律上の同性同士の結婚が、法的に認められていません。
このような社会なので、彼女は友人のたった一言――彼女の恋人を「男性」だと決めつけなかった一言に、救われたのだと思います。
同性を恋愛対象とする生徒は、教室や学校の中の、ほんの数人かもしれません。
その生徒たちは「結婚の願いをかなえる気運醸成」に乗るどころか、日本の結婚制度から排除されているという厳しい現実があります。
副読本に関する秋田県議会の質疑の中で、なぜ議員から笑いが起きたのかはわかりません。
わずか18ページの副読本。その内容について詰めることは、大多数の方にとっては「気にしすぎ」「考えすぎ」なのかもしれません。
しかし、少数であっても確かに存在している秋田県内の当事者の生徒のことを考えたとき、そして公費が使われている以上、1冊の副読本であっても軽視できないと私は思っています。

結婚の希望をかなえる気運醸成
「結婚の希望をかなえる気運醸成」の事業は、全国各地で行われています。財源は「地域少子化対策重点推進交付金」です。

自治体の事業の代表例は「結婚支援センター」や「婚活イベント」、また若い世代向けの「ライフデザイン講座」などです。
国は2026年度も「地域少子化対策重点推進交付金」として10億円の予算を計上しています。秋田県も2026年度、この交付金を活用して若い世代へのライフデザイン啓発や「出会い・結婚支援」などの事業を予定しています。


ただし秋田県の「副読本」はこの交付金ではなく、県独自の「秋田県少子化対策基金」を活用しています。

