
9月4日の秋田市議会で、沼谷純市長が改めて「謝罪」しました。
秋田市が精神障害のある生活保護利用者120人に対し、誤って支給した「障害者加算」過去5年分を返すよう求めていた問題について、市長は「すべての案件について返還を求めないこととした」と報告し、すでに返還された分については返金手続きを進めていくことを示しました。そして当事者に向け「これまで精神的苦痛と不安の中で過ごされてきたことや、早期に取り消しの判断ができなかったことについて深くおわびを申し上げます」と述べました。
県が秋田市の返還方針を「違法」と裁決したことを受けたものです。
秋田市が「全員の返還なし」を決定したことで、この問題は終結したーーように見えます。しかし、まだ終わっていません。根本的な原因が未解決のまま残っているのです。
対照的な2人の当事者
この日の午後、私は「障害者加算」返還問題の2人の当事者に会いました。正式に「全員の返還なし」が決まり、市長が議会で謝罪したことを伝えると、2人は「本当に良かった」「この日を待っていた」と言い、ほっとした表情を見せました。
秋田県の「違法」裁決が出るまでに2人がたどった経緯を、簡単に振り返りたいと思います。
Aさんの場合
「障害者加算を誤って支給していました」。Aさんがそう告げられたのは、2023年の7月下旬。担当のケースワーカーは「秋田市のミスでした」「謝罪します」と電話でAさんに伝えました。翌8月から障害者加算(1万6620円)の支給が止まり、Aさんの生活費(家賃を除く)はおよそ2割減って毎月7万1460円になりました。
ほどなくAさんは「これまで支給した障害者加算のうち、過去5年分を返してもらわなければならない」とも告げられました。その額は約93万円。驚いたAさんが「謝罪文のようなものは郵送されてくるのでしょうか」と尋ねると、ケースワーカーは「組織として、それ(謝罪文を送ること)は難しい」と答えたといいます。
その後、当事者を支援する民間団体「秋田生活と健康を守る会」などの働きかけにより、秋田市は当事者の「返還額」を減らすための控除(自立更生)の作業を進めました。
2024年4月、結果的にAさんの返還額は「0円」になりました。
Aさんのケースについて、詳しくはこちらの記事でも触れています。
Bさんの場合
Bさんは2023年11月に「障害者加算が誤って支給されていた」と担当ケースワーカーから告げられました。玄関先で謝罪を受けましたが、なぜミスが起きたのか、いくら「返還」しなければならないかなど詳しい説明がなかったため、Bさんは後日、改めて市に電話をして確認しました。そこで初めて二十数万円の「返還金」を支払わなければならないことを知りました。
ところが、その後の取材でBさんは「年金の納付要件を満たしていない(障害年金の受給権がない)」ことがわかり、「障害者加算を受け取ることができる」と判明しました。つまり秋田市は、Bさんの障害者加算を間違って削っていたのです。ミスに対応する中で生じた新たなミスでした。
Bさんは5カ月間、誤って障害者加算を止められましたが、2024年春から無事に加算が復活しました。
Bさんのケースについて、詳しくはこちらの記事でも触れています。
AさんとBさんは、いずれも精神障害があり、同じく精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の「2級」をもっています。障害によって生活に困難を抱えている状況は、2人に共通しています。
しかしAさんとBさんには、大きな違いがあります。それは「障害者加算を受けられるか、受けられないか」という違いです。
同じ「2級」でありながら、なぜ1人は保障され、もう1人は保障されないのか――この格差を生んでいる国の制度が、実は秋田市のミスの「根本的な原因」です。そしてこの原因は、今も解消されずに残っています。
「2つの顔」を持つ秋田市のミス
今回の問題に関して、秋田市には「2つの顔」があります。
1つは「加害者」としての側面です。
秋田市は、市のミスで生じた約8100万円という「過大支給」の責任を、精神障害のある生活保護利用者に負わせようとしてきました。それは、憲法が保障する「最低限度の生活」を削って秋田市に返金し続けることを意味します。「過大支給」という言葉から「多く受け取っていたお金」と誤解されがちですが、実態は異なります。「過大支給」と言われた障害者加算は、当事者にとって「正当な生活費と信じてきたお金」であり「生活を支える糧」でした。最低生活を保障するはずの行政がその暮らしを2年近くおびやかし続けたことは、当事者を追い詰める「加害的な行為」だったのではないでしょうか。「与えられた裁量権を逸脱し又はこれを濫用するものとして、違法というべきである」という秋田県の裁決からも、その重大性が伝わってきます。
もう1つは「被害者」としての側面です。
秋田市と同じような「障害者加算の認定ミス」は、実は各地で毎年のように発覚しています。会計検査院によると2020年度は6件、2021年度は22件、2022年度は15件、2023年度は2件となっています。

ミスをしていない自治体はもちろんあります。けれど、秋田市と同様のミスをしている自治体も複数あります。行政のミスによって当事者を苦しめることがあってはなりませんが、ミスを引き起こしやすい「構造的な問題」があることは確かです。その問題を解消しなければ、同じようなミスは各地で繰り返されるのではないでしょうか。
複雑で道理に合わない制度
自治体のミスを引き起こしている「構造的な問題」とは何か。それは「複雑で道理に合わない国の制度」です。
その複雑さが一目でわかる図がこちらです。
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精神障害者の「障害者加算」認定の流れを示したものです(東京都の「生活保護運用事例集2017」より)。初めてこの図を見たとき、これでは役所のミスが多発してもおかしくはない、と思いました。
「障害者加算」はそもそも、障害があることで生じるさまざまな出費や負担を補うためのお金です。にもかかわらず「精神障害者手帳」があるだけでは受給することができず、なぜか「年金の受給権の有無」というハードルを課されます。このハードルは非常に高く、Aさんのように障害者手帳が2級であっても、1級であっても障害者加算を受けられない――というケースが多々生じています。なぜ障害者手帳があるのに、障害者加算を受けられないのでしょうか? 障害者手帳は何のためにあるのか、と問いたくなります。
疑問点はそれだけではありません。障害者加算を受け取るまでの道のりが「身体障害」とあまりに違っているのです。身体障害の場合は障害者手帳1~3級であれば、障害者加算の対象になります。「手帳の等級で加算」というシンプルな仕組みです。
なぜこのシンプルさを、精神障害にも当てはめないのでしょう? 精神障害者手帳には2年という有効期限があります。2年に1度、医師の診断によって障害の状態を確認し、都道府県知事の認定を受けるので「手帳の等級」は信頼できるもののはずです。けれど、精神障害者手帳は障害者加算を受けるための「力」になりません。このように精神障害と身体障害とで手帳の扱いに差をつけることは、障害の種類で差別していることにならないでしょうか。この問題については、こちらの記事でも触れています。
ちなみに、この複雑な制度の根拠になっているのが1995年に出された厚生省(当時)の課長通知です。

この通知が自治体のミスにつながっていると言えます。
自治体が「制度改正」を求める
自治体側も、黙ってこの状況を受け入れているわけではありません。
2024年、秋田県など複数の自治体が「制度改正」を国に共同提案しました。「精神障害のある生活保護受給者の障害者加算について、すべて障害者手帳で認定を行えるよう改正を求める」という内容です。

詳しくはこちらの記事でも触れています。
要望の中で、自治体側は「障害者加算は、障害があることで余計に生じる出費への補填が目的であり、精神障害の程度は同じであっても、障害年金の裁定請求権の有無により認定基準や障害者加算の認定そのものが変わる可能性がある現状は、その趣旨に反している」と指摘。「現行制度の簡素化・適正化の観点から、障害年金の裁定請求権の有無にかかわらず、精神障害者保健福祉手帳で障害者加算の認定を行えるよう改正を求める」と訴えています。
要望には、次のような言葉もありました。
「障害年金の受給権の有無によって、障害者加算について精神保健福祉手帳で判断される者、判断されない者がいるという不公平な状況が現場で生じていることは問題である」。まさに、AさんとBさんの「違い」に当てはまります。
自治体からは、制度がミスにつながっているという切実な声も寄せられました。「制度設計にそもそもの課題がある」と明確に指摘する自治体もありました。


しかし国の回答は1次、2次ともに、手帳だけで認定するのは「適当ではない」というものでした。
各方面から「手帳だけで加算を」
当事者も声を上げています。秋田市では現在、民間団体「秋田生活と健康を守る会」の支援を受けて4人の当事者が「障害者加算の削除そのものを取り消してほしい」と秋田県に審査請求しています。国の制度への異議申し立てです。
また医療現場からも、年金を絡めた現在の複雑な制度について「不毛だ」という声が聞こえてきます。こちらは秋田市の精神科医へのインタビューです。
全国公的扶助研究会会長で花園大学教授の吉永純さんは、秋田市の問題が発覚した2023年から次のように繰り返し指摘しています。
「精神障害者の方への加算の仕組みがおかしい上に、年金の等級優先などややこしい運用になっているのでミスが多発している。身体障害と同じく、精神障害も障害者手帳の等級だけで加算を支給するのが本来のあり方です。『障害年金の等級が精神手帳の等級に優先する』という厚生省の課長通知そのものが問題であり、課長通知が撤廃、訂正されなければなりません」
「年金」を絡めて複雑にせず、シンプルに障害者手帳で加算ができるようにしてほしい――。当事者、地方自治体、医師、支援者らの一致した意見です。
手帳による加算が実現して初めて、秋田市の問題は「本当に解決した」と言えるのではないでしょうか。
口を閉ざした瞬間から
ところで、秋田市が「返還を求めない」という方針を示したことは9月初めの「Yahoo!ニュース」にも取り上げられました。その記事に多数のコメントがついているのを見た当事者のBさんは、内容が気になってコメントに目を通しました。
そこに並んでいたのは、匿名の誹謗中傷でした。
「『返還して当たり前だ』『多くもらっているのに気づかないで使っている方もおかしい』と、怒りをぶつけるような言葉が並んでいました。自分も責められているようで、とてもショックでした」(Bさん)
障害者加算を含めたBさんの毎月の生活費は月8万9050円。ここ数年の急激な物価高騰で、どんなに節約を心がけても生活は苦しくなる一方です。障害者加算の分を「多く受け取っている」という感覚とは、程遠い暮らしです。
一方、Aさんを含む約120人の当事者のほとんどは、障害者加算すらも失った状態です。それでもこのように、誹謗中傷を浴びている現実があります。
「Yahoo!ニュース」のコメント欄にあった「返して当然」という言葉は、この2年、秋田市が主張してきたことでもあります。そして市議会議員の半数超は、秋田市の方針を追認してきました。市議会には「当事者に返還を求めないでほしい」という陳情が2度提出されましたが、いずれも反対多数で不採択となりました。

「返して当然」という行政や議員多数の姿勢、そして社会の空気は、この2年、当事者にどれほど圧をかけてきただろうかと考えます。それでも声を上げ続けた当事者がいたことで、実現した「全員返還なし」でした。
「口を閉ざした瞬間から忘れ去られてしまうような気がした。誰かが、できればみんなで、言い続けなければと思いました」。120人の当事者の1人として、Bさんがこの2年を振り返りました。
9月秋田市議会での市長説明(「障害者加算」返還問題に関する部分を抜粋)
生活保護費の障害者加算認定誤りにかかる費用返還決定処分の対応についてであります。令和5年5月に、会計検査院の指摘を受けて実施した調査において、生活保護費の障害者加算の認定誤りによる過支給が生じていたことが判明いたしました。過支給は確認できる範囲で平成14年以降に発生しており、時効が成立していない平成30年12月以降のものについて、国の通知に基づき、県とも協議を行いながら、対象者に費用返還を求めていたところでありますが、このうち返還決定処分の取り消しを求める審査請求のあった3件について、県は7月11日に本市の処分を取り消す裁決を行いました。これを受け、本市としては同様の状況にある方々の公平を期す観点から、この3件とは別に返還を求めた76件も合わせて、対象世帯の資産や収入の状況、生活実態等の再調査を行った結果、最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなる恐れや、対象者及びその世帯の自立を阻害することとなる恐れがあるものと判断し、すべての案件において、返還を求めないことといたしました。今後、速やかに返還決定処分を取り消すとともに、これまで納付された返還金について、返還手続きを進めてまいります。改めて当事者の皆様には、これまで精神的苦痛と不安の中で過ごされてきたことや、早期に取り消しの判断ができなかったことについて、深くおわびを申し上げます。また、税金を預かる立場として、市民の皆様及び議員各位には、本来より過大な支出が生じたことについて、重ねて深くおわび申し上げます。今後はこのような事案が起こらないよう、適正な事務執行に努めてまいります。
これまでの経緯
秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ生活保護世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円にのぼる。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めてきた。秋田市はその後、当事者の負担を軽減するため返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、120人のうち36人が返還額0円(返還無し)になった。残る7割、79人は返還を求められている。79人の返還決定額は合計約3100万円で、最も多い人は97万円にのぼる(2025年6月末時点)。一部でも返還に応じた当事者は79人のうち57人で、2025年5月末時点で478万円が市に返還された。→記事の最初に戻る