「まるで、結婚が義務みたい」 秋田県、高校生向けに「結婚の気運醸成」副読本① 

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」の中にあるライフプラン作成シート

 上の画像をご覧ください。

 これは、秋田県が2021年度から公費で作成している高校1年生の副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」についているワークシートです。県内の高校の家庭科の授業などで広く活用されています。 

 シートは、生徒本人のライフプランのほかに「将来の家族のプラン――配偶者と第3子までのライフプランを書き込む形式になっています。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」の中にあるライフプラン作成シート。「私の人生」よりも「未来の配偶者と子ども」のプランを書くスペースが広くなっています(赤線は筆者による)

 ライフプラン作成シートには、下のような「記入例」ものっています。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」の中にあるライフプラン作成シートの記入例(赤線は筆者による)

 記入例にある「私」は男子生徒。
 「私」のライフプランの下には、男子生徒の「配偶者」となる女性の人生も書き込まれています。つまり男子生徒は「未来の配偶者」のことを想像して、結婚や出産などのタイミングを書き込むということです。

 記入例には、男子生徒の「配偶者」は25歳の時に彼の故郷である秋田に移住し、29歳で第1子を、31歳で第2子を出産――という計画が書き込まれていました。

 この副読本について、2回にわたって考えます。

「卵子は年々減っていく」の図

 まずは、副読本の中身(全3章、19ページ)を詳しく見ていきたいと思います。

 副読本を作成したのは、県内の行政や教育関係者で構成する「作成委員会」。秋田県によると「外部の意見として医師、弁護士など有識者の意見も取り込み、内容の検討・編集」をしたといいます。

 第1章は「ふるさと秋田を知ろう」。ここでは秋田の産業や首都圏との暮らしの違い、秋田の結婚事情、少子化の現状などを取り上げています。

 このうち「秋田の結婚事情」のページには〈結婚は、人生の中でも特に大きなライフイベントの一つです。そして、結婚の先にある出産、子育てを含めて人生を見通すと、単に結婚するかしないかだけではなく、「いつ結婚するか」を考えることも必要です〉とあり、結婚、出産を考えることが当然という流れになっています。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」第1章にある「秋田の結婚事情」

 ちなみに「秋田の結婚事情」のページのほぼ半分はあきた結婚支援センターの紹介で占められています。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」第1章にある「秋田の結婚事情」(赤線は筆者による)

 第2章「自分らしく生きよう」では、性的暴力を含むデートDVや「性別による決めつけ」の問題、働き方、男女の平等などを取り上げています。

 第3章「自分と地域の未来を考えよう」には、国が「国民運動」に位置付けているプレコンセプションケア(受胎前ケア=将来の妊娠に向けた健康管理、健康教育を国家が促す取り組み)がのっています。

 そこには女性の卵子数が年齢とともに減っていくというグラフとともに、妊娠・出産には適した年齢があり30歳代半ば頃から「リスク」が高まり、出産の確率が低くなることなどが記されています。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」 第3章「自分と地域の未来を考えよう」(赤線は筆者による)


 そして、次のページにあるのが未来の配偶者と第3子までの家族計画を記入する「ライフプラン作成シート」です。

高校生に未来の配偶者と第3子までの家族計画を記入させる「ライフプラン作成シート」

「人口減少対策」としての副読本

 秋田県は2021年度からこの副読本を作成し、全県の高校に配布しています。2025年度も、秋田県の重点施策「実効性のある人口減少対策の推進」の一つとして副読本の作成費(約195万円)が補正予算に盛り込まれました。

2025年度6月補正予算案より(赤線は筆者による)

 予算案にある通り、副読本は「結婚の希望をかなえる気運醸成事業」に位置づけられています。「少子化が進む秋田のために、結婚して、子どもを産んでもらう」という明確な目標をもった副読本といえます。

 この副読本とワークシートについて、県内で声を聞きました。

「なんか結婚が義務みたい」

 高校3年生のAさんは、1年生の授業で「ライフプラン作成シート」を書いた時のことを覚えています。「私自身はいつかパートナーが欲しいと思っていて、自分の両親を見ていても(結婚は)いいなと思うので、あまり先入観を持たずにシートを書きました」

 その時、一緒にライフプランを話し合った同級生の女の子が、こんなことを言いました。
 「選択肢に結婚を入れるのはいいけど『結婚をいつにしますか?』みたいな言い方は、なんか結婚が権利じゃなく義務みたいで、ちょっと違和感を覚えるよね」。Aさんと異なり、彼女は結婚を希望していませんでした。

 「私は結婚することに違和感がなかったし、私の周りも結婚を希望する人が多かったので、普通にプランを書いたけど、結婚を望まない人もいるんだとその子の言葉で知りました。異なる考えを知ることができてよかったです。知らずにいたら、誰かに傷つけるようなことを言ってしまったかもしれないので」(Aさん)

 授業では、ほとんどの生徒が「結婚する」というライフプランを書いていたといいます。

 「男の子たちは、別に女の子を縛ろうとして出産の時期とか子どものことを書いているわけではないと思います。おかしいのは、(秋田県が)妊娠や出産の時期を男子にも女子にも書かせているところで、そこは正すべきです。子どもの頃は、大人に教わることはすべて正しいように感じます。大人がどこかで変わらないと、子どもは自分を変えられません。大人には『相手の意思を尊重すべきだ』ということをまず教えてほしい。結婚や出産がすべてじゃないという気持ちも、結婚して子どもを産むことを理想とする気持ちも、どっちも否定せず、尊重してほしい」

「結婚・出産への誘導がすごい」

 大学4年生のBさんは、副読本を見て「結婚・出産への誘導」と感じたと言います。

 「高校生に配布するものなのに、進学や仕事を続けることへの情報が少なくて、結婚して出産して家族をもつことの比重が大きいと思いました。作り手の主観が入っているというか、偏っている感じを受けます。もっと大学や大学院進学、働いたら定年は何歳か、その後は再雇用か退職か…というようなプランを考える内容にしてほしいです」

  Bさんが驚いたのは、ライフプラン作成シートの「記入例」にある「27歳から32歳まで」の部分です。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」の中にある「ライフプラン作成シート」の記入例

 記入例を見ると、男子生徒である「私」は20歳の時に進学先の東京で一つ年下の「未来の配偶者」と出会います。26歳の時に「未来の配偶者」と一緒に秋田へUターン。「私」は27歳で結婚し、30歳で第1子の育休、32歳で第2子の育休を取得する――というプランになっています。

 「記入例を参考にしながら書く人は多いと思うんですけど、結婚、出産、第1子、第2子…とそっちへの誘導がすごいと感じました。私自身は結婚や家族のことはまだ全然考えていなくて、むしろ勉強や仕事が楽しいし、そちらに集中したい気持ちが強いです」。そういう若い人のことは想定していないのかな――とBさんは不思議がりました。

知りたいのは首都圏との「賃金格差」

 Bさんは今回のインタビューに際して、副読本に感じた違和感を箇条書きにしてくれました。そこには、次のようなことが記されていました。

東京と秋田の平均収入の違いが知りたい

・(物価や生活時間や環境など)どれも秋田が首都圏を上回っているという資料ばかりで、信用できるのか

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」第1章にある「秋田と首都圏の暮らし」

 「私が知りたいのはむしろ、東京と秋田の最低賃金の違い、平均収入の違いです。副読本のデータはどれも秋田が首都圏より良いという資料ばかりでしたが、秋田より首都圏の方が賃金が高いから出ていく人も多いと思うので、そこには触れてほしいです。賃金格差は一番知りたいところですし、秋田はそこがまず変わる必要があると思っています」(Bさん)

まるで「産ませるDV」のよう

 30代女性のCさんは、男子生徒に「未来の配偶者が何歳で子どもを産むか」というところまで書かせようとする形式に、強く疑問を呈しました。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」の中にある「ライフプラン作成シート」の記入例(赤線は筆者による)

 「シートは『結婚や出産』が前提になっていますが、相手(妊娠・出産する側)の同意は取らなくてもいいと思っているということでしょうか? 他人の人生を巻き込んで書く形式になっているけれど、人権意識は大丈夫なんでしょうか? 『産ませるDV』『多産DV』につながる考え方じゃないのかと思います」

移住する女性のキャリアは?

 さらにCさんは、記入例に「配偶者」として書かれている女性のキャリアが、男性の故郷である秋田への移住と結婚によって断絶していることも気にかかりました。

 「秋田に相手(女性)を連れてきて、ゆくゆくは男性側の親と同居することが前提になっているけれど、相手にもキャリア形成があるかもしれないとか、少しでも考えたりしないのでしょうか?」

 Cさん自身も首都圏出身で、夫の郷里である秋田県に移住してきました。「このライフプランのわき役になっている『配偶者』は、まさに私そのものです。移住する側の女の立場が1ミリも想像されていないことに、怒りを覚えます」  

もっと「選択肢」を示すべきでは

 40代女性のEさんは、ライフプラン作成シートを見て言葉を失っていました。

 「そもそも配偶者と子どもを持つことが『当たり前』のこととして設定されているところが、独り者で子どものいない私としては、本当に…」

 シートには「参考」欄があります。そこには「秋田県の婚姻件数のピーク(男性26歳、女性27歳)」「第1子出生時平均年齢(母30・4歳、父32・1歳)」など結婚・出産にかかわるデータだけが記されています。


副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」
の中にある「ライフプラン作成シート」。参考欄は婚姻や出産に関するものだけになっています(赤線は筆者による)

 「こういうふうに書かれると、ここにある『平均』から外れるのはおかしいことなのかなという思いになります。子どもたちにライフプランを考えさせるなら、どれだけ多様な生き方があるか――例えば里親になる選択肢があるとか出産しない選択肢もあるということを示してほしい。選択肢を示さず『これしかない』というふうに誘導している感じがします」

 Eさんは、シートが授業でどう使われているかも気になると言います。

 「私なら『結婚せずに一人で生きていく』という選択を書きたいです。でも『結婚』とか『お母さんになるタイミング』を書かなければ授業でダメ出しされるのだとしたら、自分が本当に望んでいることは書けないと思います」

伝えてほしいのは「個人の尊重」

 40代女性のFさんは「自分のライフプランなのだから自分のことだけ書く形式にすればいいのに、なぜ将来の配偶者とか子どもとか、他者を巻き込む書き方をしなければいけないんでしょうか? すごく暴力的だと思う」と話します。

 「中学、高校までは『女子も多様』だけど、そこから就職、大学となると途端に『周りと同じであること、一様であること』を求められて、気づいた時には『女性は多様ではなくなっている』ように思います。高校生のうちから『結婚して、子どもをつくって』と方向づけようとするのは、人生の選択肢を奪うことにもなります。人口のために、女子の人生を狭めてしまおうと考えているようにも感じました」

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」第3章より。プレコンセプションケアのページには、女性の卵子数が加齢とともに減ることを示す図ものっており、出産へと急き立てているかのようです(赤線は筆者による)

性的マイノリティへの言及がない

 性的マイノリティの当事者でもあるFさんは、シートがすべて性的マジョリティ(異性を好きになる人など)を前提にしていることも気になりました。

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」第2章より。ところどころにあるイラストも「異性愛」が前提になっています

 「私ぐらいの年齢になれば、嘘(性的マジョリティのふりをすること)を書き込むこともできます。でも本来は、子どもたちに多様な選択肢を示すことが大事だと思います。学校はどうしても『集団の論理に従うべき』みたいな集団主義になりがちで、子どもたちもそれを内面化しがちです。でもそうではなく、自分もほかの子もみんな個人として尊重されるんだということを、徹底的に伝えてほしい」(Fさん)

「命をかけた出産をどう考えているのか」

 50代女性のGさんは「子どもを持つことが当然のようになっていて、しかもわざわざ第3子まで枠がある。私にとっては子どもが3人もいるということ自体『ダイヤモンドの家に住んでいるの?』というくらい贅沢な話のように思えます」と話しました。

 シートの参考欄に「結婚と出産」の情報しかないのを見たGさんはこれを書かせる目的は、どこまでも『子どもを産んでほしい』ということなのだと思った」といいます。そしてその安直さを、次のように批判しました。


副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」
の中にある「ライフプラン作成シート」。参考欄は婚姻や出産に関するものだけになっています(赤線は筆者による)

 「経済的に結婚や出産が難しい人もいれば、仕事や家事を回していくことが難しいので子どもを持ちにくいという人もいると思います。いろいろな問題が絡んでいるはずなのに、とても気軽な感じで『第1子、第2子、第3子』とシートには書かれている。体を痛めて、命をかけて出産する人のことを、どう考えているんでしょうか?」

「多様な家族」が見えていない

 Gさんは幼いころに両親が離婚し、母子家庭で育ちました。

 「親子面談のとき、先生から『娘さんは片親なのに明るく育っていらして』というような言葉をかけられたことがありました。ああ、ひとり親だと何か不足している家庭みたいな、そういう見方をされるんだな、と実感しました」

 母との関係は、子どものころから決して良好なものではなかったとGさんは言います。「母1人、子1人の家族だったのに家庭環境が悪かったことが、自分の人生にいろいろと影響を及ぼしました。そういう経験から言うと、福祉制度や相談の窓口を中心に教えるような授業にしたほうがいいのではと感じます。いざ困った状況になっても制度があることを知らなかったり、恥ずかしいことだと思って福祉にたどり着けなかったりしたら、それこそ命に関わることだから」(Gさん)

副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」の第3章。「理想の家庭」を考えさせるページには、祖父母、両親、子どもと「3世代」がそろった家族のイラストが

「人生には、まさかということがある」

 50代男性のHさんは、ライフプラン作成シートを見て「社会問題の視点がまったくない」ことが気になったと言います。

 「『節目のライフイベント』のキーワードも前向きなものばかり書かれているけれど、たとえば秋田では2023年に豪雨災害があって、車や家が水没して思わぬ出費を背負った人もいます。気候変動や物価の高騰や世界情勢……いろんなリスクが目の前の現実にはあるのに、シートにはそういう視点がありません。都合のいい、現実離れした理想プランに見えます」


副読本「考えよう ふるさと秋田とわたしの未来」
の中にある「ライフプラン作成シート」の参考キーワード(赤線は筆者による)

 Hさんは大学卒業後、県内で就職しましたが、体調を崩して退職。その後、資格を生かして福祉の仕事に転職したものの、病状が悪化して働き続けることができなくなりました。現在は生活保護制度を利用しています。

 「私は長男ですけれど、実家を出て、今は家には戻れないという思いがあります。『まさか』と思うようなことが人生にはある。そういう時にどうするかを考えさせる副読本の方が、いいのではないでしょうか」(Hさん)

 〈次回は、この副読本が生まれた経緯や、県議会でのやり取りを見ていきたいと思います。次回記事はこちらです〉

【参考資料】
・ライフプランニング学習副読本「考えよう ふるさと秋田と私の未来」https://common3.pref.akita.lg.jp/kosodate/babywave-info/pamphlet/pamphlet-cat03
・『国家がなぜ家族に干渉するのか 法案・政策の背後にあるもの』(本田由紀/伊藤公雄編著、青弓社)
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787234216/

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