
「私が入所施設で働いていたとき――昭和40、50、60年代、女子の利用者が入ってくると『優生手術を受けてますか?』って質問したことは記憶にある。そういう時代だった、それが、当たり前だと思っていたから」
秋田県内で、長く障害福祉の仕事に携わってきたAさんの声です。
「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という目的をもった優生保護法(1948~1996年)のもと、国や自治体は障害のある人などに対して、子どもを産めなくする手術(不妊手術)と人工妊娠中絶を強制的に行ってきました。
国内で強制不妊手術の被害に遭った人は、確認されているだけで2万4993人。秋田県内では373件の被害が確認されています。秋田県の記録によると、県内で最後に強制的な不妊手術が行われたのは1993年(平成5年)でした。


障害のある人に対する「優生手術」をめぐって、日常、どのようなやり取りがかわされていたのか。秋田県内での実態は、ほとんど明らかになっていません。
そのような中、障害福祉に長く携わってきたAさんが当時(1970~1980年代)の状況について語りました。
Aさんの証言は、本人の言葉を借りると「記憶があまり定かではない」部分もあります。
しかしその言葉は、日常のあらゆる場面に優生思想が息づいていたことをうかがわせる、貴重なものでした。
「当たり前だと思っていた」
「この仕事に携わってから50年以上なので、その頃の実態というのはよくわかっています。私も入所施設の職員として働いていたときは、女子の利用者が入ってくると『優生手術受けてますか?』って質問したことが記憶にある。そういう時代で、それが当たり前だと思っていたから」
そのような証言を初めて聞いたと筆者が伝えると、Aさんは「怖くて言えないことだと思う」と語りました。

施設への入所を希望する当事者や保護者に対して「優生手術を受けているかどうか」を尋ねることは、Aさんが施設で働いていた当時(1970~1980年代)、標準的なことだったのでしょうか。
Aさんは記憶をたどりながら次のように答えました。
「その頃はね、入所者の中には自分で入りたくて入ったのではなく役所や保護者の勧めで入った人たちがほとんどでした。やっぱり本人は家に帰りたいわけです。そうすると無断で外出してしまって行方不明になって、しばらく見つからないこともありました。特に、女子利用者の場合は、見つかって帰ってきたら妊娠していたということも、全国的には実際あったんです。そういう性的虐待の防止ということも、対処しなきゃいけないということで、優生手術は、その当時は本人、家族にとっても施設にとっても、必要なことだったかもしれないと思う」
「でも今思えば、人の命とか、あるいは生まれてくるであろう子どものことを考えると、完全なる人権侵害ですよ。私たちも、そこまでの理解、勉強が足りなかったし、やっぱり知識の無さです。ただこれは、国がそういう方向に進めて、学校教育の中でも、特に女性に対するそういった(優生)思想というのは、普通に行われてあったということです。それは行政も、医療関係者も、教育関係者も、誰も疑問をもたなかったことが問題です」(Aさん)
優生思想を肯定していた教科書
Aさんが語るように、優生思想は当時の「学校教育」の中にも浸透していました。

衆議院の調査報告書には、当時の学習指導要領や教科書が「優生」をどう取り扱い、学生たちを「啓発」してきたかが記されています。たとえば1979年の「保健体育」の教科書には、次のような記述がありました。
われわれの子孫に、不良な遺伝子を残さないようにすることを優生という。
優生上問題になる疾病や異常の遺伝を防ぐために、優生保護や優生結婚が必要となってくる。
相互の家系に遺伝的欠陥や疾病がある場合には、不健全な子孫が生まれたり、社会的にも不幸をまねくことがないように、結婚や出産に際しては専門家の指導を受けることがたいせつである。
ーー『標準高等 保健体育』(講談社、1979年)
遺伝的に優秀な因子をもった者どうしの結婚では、その多くに、りっぱな子どもができるし、不良な因子をもった者との結婚では、その多くに、不良な子どもができる。(中略)
血族結婚による遺伝性疾患の出る危険性は、血縁が近いほど大きい。国は、素質の健全な人々が増加し、不良な素質の人々が減少するように優生保護法を制定(昭和 23 年)し、優生手術などの優生対策を進めている。
ーー『二訂 高等保健体育』(中日本スポーツ研究会、1979年)
衆議院の調査報告書によると、学習指導要領の「保健体育」から「優生」に関する項目がなくなったのは、1978年の改訂からでした(施行は1982年)。改訂のきっかけを作ったのは、障害のある人たち、女性たちの声でした。
学習指導要領から「優生」の項目がなくなった結果、教科書も変化していきました。
それまで「何の保留もなく優生保護法が肯定的に紹介されていた」教科書は、「優生保護法への批判の存在」にふれるものへと改められていった――と報告書には記されています。
普通にあった「優生手術」の看板
Aさんの証言に戻ります。
子どもの施設入所を希望している保護者に「優生手術を受けていますか」とAさんが尋ねたとき、保護者からはどのような回答が返ってきたのでしょうか。
「そのへんの記憶が、あまり定かでないけども(質問をすること自体は)どこの施設でも日常的にあったと思います。記録として残してあったか、なかったかはちょっと…分からないな。でも間違いなく(優生手術を受けていますかと)聞いたことは、確かです」
「当時は産婦人科の看板に『優生手術』と普通に書いてありました。私の通勤路の産婦人科にも間違いなくあった記憶はあります。昭和 40、50、60年代ですよな」(Aさん)
もし、保護者が「優生手術は受けていない」と回答した場合、施設が病院につないで優生手術を受けさせるといったことがあったのでしょうか。
「そこまではしていなかったように思う。ただ(優生手術を)やっているかやっていないか、それだけ確認したような気がする」(Aさん)
このようなやり取りが「日常」だった頃から30年、40年が経過しているため、詳細を確認することはすでに難しい状況にある、とAさんは語りました。
「当時の理事長も、理事長の子どもさんも、それから当時の保護者や入所者――入所者はどちらかというと女性なんだけれども、そういった人たちも亡くなっていたり、家族やきょうだいも秋田にいなくて、連絡が取れない、聞きようがないことも事実です」「実際、前に私がいた施設でも『うちは優生手術を受けた人はいない』と言っていたようだけれども、それに対して『いや、あったよ』とも言えない」(Aさん)
「知らないということは、ないはずだ」
秋田県は2025年、県内の診療所や病院、支援施設などを対象に、強制不妊手術の被害者の「個人記録」が残されていないかどうかを調査しました。
Aさんはこの調査の結果を知った時、気になったことがあるといいます。
それは「無回答」の施設の多さです。
調査対象となった県内の898施設のうち、回答したのは308施設(34.3%)。
全体の65.7%を占める590の施設は、回答しませんでした。

「現在の施設の職員にとっては、資料が残っていないから答えられないという面もあるし、確かに当時の施設長、理事長はみんな退任している。でも腑に落ちない。ほとんどの施設が、知らないとか、わからないとか、記録がないとか、過去のこととはいえ人権問題に対して不誠実だと思う。私たちの年代で、今も障害福祉の仕事に携わっている人たちはきっと(優生手術のことが)記憶にあると思っている。知らないということは、絶対ない」(Aさん)
増えない被害補償の申請
優生保護法はその後、深刻な人権侵害であると国内外から強い批判を受け、1996年に「母体保護法」へと改正されました。
2018年には、不妊手術の被害に遭った宮城県の女性が、国に損害賠償を求める訴訟を提起。これをきっかけに訴訟は各地に広がり、12か所で裁判が行われました。
2024年7月、最高裁判所大法廷は「優生保護法は、法律がつくられた時点で憲法違反だった」という判決を下し、被害者に対する賠償を国に命じました。
2024年10月には被害者に補償金を支給するための補償法が成立しました。
補償法による補償
不妊手術の被害者は1500万円(本人が亡くなっている場合は遺族)、配偶者(事実婚を含む)は500万円の補償を受けることができます。また被害者本人のみを対象にした一時金(優生手術等一時金320万円、人工妊娠中絶一時金200万円)も支給されています
優生保護法の裁判が起きて以降、Aさんは優生手術の問題に強い関心を寄せてきました。
「秋田は(優生保護法の)被害者数が、かなり多くにのぼるはずです。訴訟を起こした原告は(秋田県には)いないけども、だからよいということではなくて、やっぱりこれからまた起こりうる人権問題とか、あるいは障害のある人々がどういう苦しみを味わってきたかということを、私たち障害福祉に関係する者がまずは理解しないとだめだなと思う」(Aさん)
こども家庭庁のまとめによると、秋田県内の優生手術の被害者のうち、補償金等の請求受付に至った件数は50件。このうち認定されたのは39件となっています。全国では請求受付が2616件、認定は1848件(数字はいずれも2025年1月から2026年4月までの累計)。
強制不妊手術の被害者が推計約2万5000人、中絶手術の被害者が推計約5万9000人であることを踏まえると、補償につながった件数は少ない状況にあるといえます。
「本人がもう亡くなっているとか家族が亡くなっているとか、あるいは今さら言えない、それを言えば自分たちの家族のことを――本人の障害のことを知られる、という思いの人もいるのかもしれません。勇気をもって補償を請求している人もいるけれども、まだ認定までつながっていない部分もあるのではないでしょうか」(Aさん)
まだ答えは出ていない
日常の業務に溶け込んでいた「優生手術」が深刻な人権侵害であると知ったとき、Aさんはどのように感じたのでしょうか。
「それこそ、ショックなんて問題じゃなかった。自分たちは何をやってきたんだろうな――何とも思わずやってきたことが、全部間違っていたという思いだ。この裁判が始まってからずーっと関心を持ってきた。まずはこの問題がなぜ発生したのか、その頃の社会情勢とか、政治的背景とかを検証して、いろんな事実を知っていかなければ、本当の答えは出てこない。こんな人権侵害がなぜ、48年間も続いてきたのか、二度と同じ過ちを起こさないためにも、今後も経過を見ていきたいし、これからですよ」
「一般の人は、優生保護法問題といっても、何のことだかきっと、全然わからないと思うんです。だから障害福祉に関係する人たちが積極的に学んで、職場や、家族や、町内の人とか友人とかに、事実を伝えて初めて『ああ、日本は間違った政策、教育をやったんだな』ということを知るんじゃないか」
優生保護法を「自分自身の問題」と受け止めているということでしょうか、と尋ねると、Aさんは「そうです」と答えました。

「私たち国民、県民、みんなが反省しなきゃいけないし、なぜ起きたのか、どうすればこういう優生思想をなくしていけるのか考えることが、私たちの使命だと思っています」(Aさん)
産む、産まないは「わたし」が決める
本人の同意なく、時にはだまして手術
国家はその時々の社会状況に応じて、人々の「産む/産まない」という権利を人口政策によってコントロールしようとしてきました。戦争のための兵力・労働力が必要な時代は「産めよ殖やせよ」という掛け声のもと多子多産を奨励し、戦後は急激な人口増加による食糧難などを抑えるため、子どもを産ませないようにする政策を推し進めました。その中で生まれたのが優生保護法(1948~1996年)です。
同意のない不妊手術を合法化
優生保護法は「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という目的を第1条に記し、障害のある人などへの強制的な不妊手術や中絶を「合法化」しました。その運用はどんどんエスカレートし、国は本人の同意がなくとも、また本人をだましても不妊手術を行ってもよいと自治体に通達しました。被害者への不妊手術や中絶では、国と自治体が中心的な役割を果たしました。
1949年(昭和24年)から1996年(平成8年)までに行われた強制的な不妊手術の被害者は、記録に残っているだけで2万4993人。その約7割は女性で、1975年以降の被害者に限ると9割以上が女性でした。
最高裁「優生保護法は憲法違反」
2018年、宮城県の女性が国に損害賠償を求める訴訟を提起。これをきっかけに訴訟は各地に広がり、12か所で裁判が行われました。最高裁判所大法廷は2024年7月3日、優生保護法は制定された時から「憲法違反」だったとし、国に賠償を命じる統一判断を下しました。
優生保護法の問題については現在、専門家による検証会議が行われているさなかです。検証会議は国会が日弁連法務研究財団に委託し、2025年10月に第1回会議が行われました。今後3年間かけて、検証作業が行われる予定です。
人口減の中で「出産のための健康」を啓発
人口減少が進んだことで、近年の国や自治体の人口政策は「産んでもらう」ことへ誘導するようなものとなっています。その例として、自治体が仲人のような役割を果たす「官製婚活」や、思春期から結婚・出産を意識づけする「ライフプラン教育」、将来の妊娠のための健康管理・健康教育を促す「プレコンセプションケア(受胎前ケア)」などがあります。
〈参考資料〉
・最高裁判所「優生保護法国家賠償請求訴訟」の判例 令和5(受)1319 国家賠償請求事件 2024年(令和6年)7月3日 最高裁判所大法廷 判決 棄却 大阪高等裁判所 令和3(ネ)2139https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-93159.pdf
・こども家庭庁「旧優生保護法補償金等支給法に基づく補償金等の請求・相談件数及び支給認定件数、並びにサポート弁護士登録数等の状況について」https://www.cfa.go.jp/kyuyusei-hoshokin
・日弁連法務研究財団「旧優生保護法問題検証会議」https://www.jlf.or.jp/2026/01/23/kyuyusei4/
・衆議院「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律第21条に基づく調査報告書」https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/shiryo/yuusei_houkokusho.htm
・障害学会「表1優生保護審査会の構成」https://share.google/PVudXMs29zNxhJb8N
・秋田県衛生統計年鑑https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/3213
・JOICFP「歴史から学ぶ ― 産めよ、殖やせよ:人口政策確立要綱閣議決定(1941年(昭和16年))」https://www.joicfp.or.jp/jpn/2017/01/11/35983/
・CALL4「優生保護法に奪われた人生を取り戻す裁判【アーカイブ】」https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000086
・『優生保護法が犯した罪――子どもをもつことを奪われた人々の証言』(現代書館、2018年)https://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5827-3.htm

