国難

 7月上旬、秋田県に住むAさんという女性が「これを見てほしい」と言って、Aさんのまちの広報を私に手渡しました。

 広報には〈補助金が最大60万円! 結婚を考えているおふたりを応援します!〉というタイトルに続き、自治体が結婚資金(住宅費や引越費用)を補助するという情報が載っていました。

〈対象〉
・2026年1月1日から2027年3月31日までに婚姻した夫婦
・婚姻した日に2人とも39歳以下であること

〈補助額〉
29歳以下の夫婦 ➡ 最大60万円
30歳以上の夫婦 ➡ 最大30万円

〈所得制限〉
カップルの合算で500万円未満

 Aさんが気になったのは、補助を受けられる夫婦の年齢。
 より若いうち(29歳以下)に結婚したほうが、多く補助を受けられる仕組みになっていました。
 さらに、40歳以上で結婚したカップルには補助がありません

Aさんが住んでいる自治体の広報(赤線は筆者による)

 「若いうちに子どもを産んでほしい、ということでしょう? 大奥の『おしとねすべり』みたいだと思った」とAさんは言います。

 もう一つ、Aさんが気になったのは、補助を受ける条件(4択)のなかに「プレコンセプションケア(受胎前ケア)講座の受講」があった点です。

Aさんが住んでいる自治体の広報(赤線は筆者による)

次の講座などを夫婦ともに1つ以上実施していること。

ライフデザイン講座の受講
プレコンセプションケア講座の受講
③医療機関への妊娠・出産に関する相談
④家事または育児の分担に関する講座の受講

 プレコンセプションケアは、将来の妊娠のための健康管理、健康教育を促す取り組みです。
 いま、国や自治体が進めているプレコンセプションケアでは、卵子と精子に着目した内容や、「女性は30代後半から妊娠する力が低下する」といった形で若いうちの妊娠・出産を啓発する内容が目立っています。

 これらを総合的に考えると、この結婚支援制度は「若い世代の経済的負担を減らす」という目的だけではなく「若いうちに出産してもらう」という少子化対策であることが見えてきます。 

国が主導する「結婚支援」

 この結婚支援制度は、Aさんが住むまちだけではなく、国が少子化対策として全国の自治体を対象に行っているものです。

 「経済的不安」から結婚に踏み切れない若い世代を補助することで、少子化対策(出産)につなげる狙いがあります。補助の資金には、こども家庭庁の地域少子化対策重点推進交付金と各自治体の財源が充てられています。

こども家庭庁サイト令和8年度地域少子化対策重点推進交付金」の概要について(PDF/525KB)より(赤線は筆者による)

 秋田県内では2026年度、この交付金を活用して全25市町村が若い新婚世帯への補助を行っています。

結婚新生活の費用を助成します | いっしょにねっと。より
秋田市公式サイトより(赤線は筆者による)

2016年に誕生、年々拡充される

 国の結婚支援制度が生まれたのは2016年、安倍政権下でのことでした。

 当時は補助を受けるための条件が今よりも厳しく「夫婦ともに29歳以下」「世帯所得340万円未満」に限られ、補助額も「最大18万円」と抑えられていました。

 これに対し、自治体から「晩婚化、晩産化の実態にそぐわない」「使いづらい」という声が上がり、国は徐々に年齢制限や所得制限を緩め、補助額も引き上げていきました。

「若い年齢で結婚していただいて出産をしていただく」

 Aさんが地元広報を見て驚いた「結婚年齢による補助の差」が生まれたのは、2021年度のことです。

 それまで「夫婦とも34歳以下」だった対象年齢は、2021年度から「夫婦とも39歳以下」に広がり、所得制限も「540万円未満」に緩和されました。

 そして、最大30万円だった補助額は「29歳以下の結婚」に対してだけ2倍の60万円に引き上げられたのです。

 こうして「29歳以下の結婚」と「30代の結婚」への補助額に、2倍の差が生じることになりました。

2025年度のこども家庭庁のちらし

 この結婚支援制度を、国はどう位置付けているのか。国会会議録をたどると、それがわかるやり取りがありました。一部抜粋します。

〈議員の質問〉
先ほど見たとおり、やはり初婚年齢も上がっておりますから、当然、子供を産む年齢も高齢化をしていくわけであります。これを解決していくには、やはり若い年齢で結婚していただいて出産をしていただくというふうなことが必要だと思いますが、初婚の早期化を図るような施策というものは政府として今何かお考えかどうか、そのことについてお答えいただきたいと思います。
(安藤裕議員、第204回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第2号 2021年2月26日

〈政府の答弁〉
委員御指摘のように、若者の経済的な不安定さというのが結婚の希望がかなえられない一つの障壁となっておりまして、若い世代の結婚の希望が希望する年齢でかなうような環境を整備するということが重要じゃないかというふうに考えています。(略)来年度は結婚に伴う新生活のスタートアップを支援する結婚新生活支援事業の年齢、収入要件の緩和などの充実それから、AIを始めとするマッチングシステムの高度化などを行うこととしているところでございます。
第204回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第2号 2021年2月26日

 若い世代を支援したいのか、若いうちに産むよう急かしたいのか、どちらなのだろう――と考え込むやり取りでした。

年齢差についての議論は見当たらず

 「29歳以下の結婚」と「30代の結婚」で補助に2倍の差がついた2021年当時、国会ではどのような議論があったのでしょうか。「結婚」のキーワードを入れて2020年~2021年の会議録を検索してみました。

国会会議録検索システムの画面

 しかし「年齢による差」についての議論や批判的な意見は見当たりませんでした。

 2020年まで「最大30万円」だった補助額が「最大60万円」と2倍になったことを歓迎する意見や、この補助制度を使える自治体が限られているという地域間格差への批判はありましたが、「結婚年齢による差」は当時、ほとんど話題になっていませんでした。 

結婚・出産をめぐる「熱い議論」

 「結婚」というキーワードで国会の会議録を検索していて、たびたび目についたのが「国難」(国家の災難)という言葉です。結婚と出産の減少は「国難」として語られ、また「どうしたら結婚するか、出産するか」が熱く議論されていました。

 いくつかの発言を抜粋します。(※肩書は当時のものです)

こちらの少子化の方にももっともっと予算をつけていく。お金があればいいというものではないですけれども、やはりこれは省庁横断的にオール・ジャパンでこの国難に向かっていくという姿勢が大事だというふうに思います。(略)出生率を上げるということに関しては、やはり生まれる前、すなわち、どうしたら結婚するか、どうしたら出産するか、そういったところを考えていかなきゃいけない
(中曽根康隆議員、第201回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 令和2020年2月25日

結婚している御夫婦は、やはり子供を二人ぐらいはつくっているというデータがございます。したがって、結婚さえしていただければ、子供は二人は欲しいと思っておられると思うんですけれども、問題は、婚姻が減っているということ。したがって、少子化対策には、結婚をしてもらえるような環境を整えるということが私は一番大事なのではないかというふうに思います。
(安藤裕議員、第201回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 2020年2月25日

総理も国難だと言っています。まさに国民共通の困難にみんなで立ち向かうという覚悟をしなければならないんじゃないのかというぐあいに考えています。
(衛藤晟一国務大臣、第201回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 令和2020年2月25日

先ほど大臣からは、少子化が国難であるというお話もございました。全く問題意識を一にするわけであります。結婚がどうしても日本社会においては出産の前提となっているのであれば、もう少し、国費投入してでも徹底的に新婚さんを応援するというのを何か政治判断ができないものかと思うんですが、大臣の御所見を求めます。
(古本伸一郎議員、第203回国会 衆議院 財務金融委員会 第2号 2020年11月18日

やはり一番は、結婚して子供を産んだら大変だとばかり言っているからそうなっちゃうんですよ、あれは。独身者に、おまえ、結婚は夢があるぞと堂々と語っている先輩の人はほとんど聞いたことがないですな。結婚だけはやめておけ、大変だぞとかみんな言うから。結婚は夢がある、子供を育てるのはおもしろいという話がもうちょっと世の中に出てこないと、なかなか動きにならないんじゃないかなという感じが正直な実感です。
(麻生太郎国務大臣、第203回国会 衆議院 財務金融委員会 第2号 令和2020年11月18日

 期間を広げて「結婚」「少子化」のキーワードで検索すると、次のような発言もありました。

(出産一時金についての提案で)もっと、本当に子を授かっていただいて、まず結婚していただいて、子供を授かっていただいて、産んでいただいて、この少子化の流れを、急激な減少を歯止めをかけなきゃいけないということなので、百万円に増やすという提案。それから、その百万円は、出産時じゃなくて、懐妊時、妊娠された時点でもう上げますよということにする。
杉本和巳議員、第211回国会 衆議院 予算委員会 第11号 2023年2月15日

 国会ではもちろん、雇用や経済的な不安定さなど社会構造の問題も議論されています。

 その一方で、個人の「未婚・非婚・結婚」や「産む・産まない」が国難として語られ、国のため地方のため結婚していただき産んでいただくーーということが繰り返し語られています。

 この流れは今、より加速しています。
 例えば私が住む秋田県では、自治体が「官製婚活」に一層力を入れており、もはや日常風景と化しています。人口減少という国難、地域の危機を「一丸となって乗り切らなければ」という声に押され、官製婚活に異議を唱えることは難しくなっているように感じます。

新婚支援にプレコンセプションケアが加わる

 2026年度からは、この結婚支援制度に「プレコンセプションケア」(受胎前ケア=妊娠のための健康管理、健康教育を促す取り組み)が加わりました。

Aさんが住んでいる自治体の広報(赤線は筆者による)

 国や自治体による現在のプレコンセプションケア政策を、私は批判的にみています。

 例えば、2026年1月にこども家庭庁が公開した「プレコンサポーターテキストブック」や「講演用資材」では、障害のある子どもを「リスク」ととらえ、当事者の尊厳を傷つけるような表現が散見されました。

プレコンサポーターテキストブック」13ページより抜粋
こども家庭庁の「プレコンサポーター講演用資材」より抜粋
「障害」へのまなざし プレコンサポーターテキストブックを読む①
今回は、秋田県をはじめ全国の自治体で進む「プレコンセプションケア(受胎前ケア)」という政策についての記事です。いまの日本の公的なプレコンセプションケア(略称プレコン)には、障害のある人やマイノリティの存在を排除しかねない側面があることを、と…

 このような内容を検証しないまま、国や自治体がプレコンセプションケアを推し進めることに危うさを感じています。

「どんなに酷なことか」

 今回、2020年~2021年を中心に国会の会議録を検索していて、印象的な言葉に出会いました。公述人の大日向雅美さん(恵泉女学園大学学長)の発言です。

 議員から「妊娠、出産には適齢期があるという教育がこれまで足りなかったのではないか」と問われた大日向さんは、次のように答えていました。

確かに出産適齢期、生物学的な適齢期というのはあると思います。それは否めません。ただ、それだけを強調されることで、女性が、それならば仕事よりも早く産みなさいとか早く結婚しなさい、そうなる流れに陥ることの方を私は逆に心配をしております。(略)今産まないと、今仕事をしないと後に職場に戻れない、そういう体制を残したまま生物学的な適齢期を言うことはどんなに酷かということは考えております。
(大日向雅美、第201回国会 参議院 予算委員会公聴会 第1号 2020年3月10日

 体制を残したまま、個人に「適齢期」を言うことが、どんなに酷か。

 この言葉は「29歳以下の結婚」に予算を傾斜配分している結婚支援制度のあり方にも、妊娠の適齢期を強調するプレコンセプションケア政策にも、言えることだと思います。

【参考資料】
・地域少子化対策重点推進交付金https://www.cfa.go.jp/policies/shoushika/koufukin
・地域少子化対策重点推進交付金実施要項https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/7c644ee1-62be-4fd3-908d-bb6ea40e039d/1a18aae8/20260611_policies_shoushika_koufukin_r8_03.pdf
・こども家庭庁 2026年度予算案の概要 https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/88749a20-e454-4a5b-9da8-3a32e1788a23/b7a315b7/20260126_policies_budget_95.pdf
・秋田県サイト 結婚新生活の費用を助成します | いっしょにねっと。より
・秋田市公式サイトよりhttps://www.city.akita.lg.jp/kurashi/kyosei-kyodo/1025210.html
・こども家庭庁
内閣府「関係府省における予算編成過程での検討を求める提案」(2018年、地方分権改革・提案募集関連資料)
・内閣府子ども・子育て本部における 地方創生関連施策 2021年1月13日 内閣府子ども・子育て本部https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/top_seminar/pdf/r03-01-13-shiryou4.pdf
・少子化社会対策大綱(2020年5月29日)https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/09b95185-2d55-4783-a955-983b5283ccd2/3572c013/20231228_policies_kodomo-taikou_junbishitsu_02.pdf
・衆議院サイト 政府による結婚新生活支援事業に関する質問主意書https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a203013.htm
・こども家庭庁サイト「はじめようプレコンセプションケア」https://precon.cfa.go.jp/precon-supporter/#kouza
・斉藤正美著『押し付けられる結婚 「官製婚活」とは何か』(新日本出版社、2025年)
・本田由紀、伊藤公雄編著『国家がなぜ家族に干渉するのか 法案・政策の背後にあるもの』(青弓社、2017年)

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