
2013~2015年に国が行った「生活保護費の大幅引き下げ」の取り消しを求め、全国各地の生活保護利用者が起こした「いのちのとりで裁判」。その秋田県原告である櫻田雄美さんと代理人弁護士が9月29日、最高裁判所で口頭弁論を行いました。
この日の弁論は、国への失望と怒りをあらわすものでした。
2015年から10年に及んだ「いのちのとりで裁判」は2025年6月、「国の生活保護費引き下げは違法」という歴史的な最高裁判決によって原告が勝訴しました。これでようやく終結した――と多くの人が考えていました。
ところが判決後、敗訴した側の国は、司法の判断を軽視するかのような対応を重ねてきました。
生活保護利用者に補償する「追加給付」を本来払うべき金額の半分ほどに減らしたうえ、裁判の「原告」と「原告以外」の給付額に差をつけるなど、当事者の尊厳を踏みつけ、分断につながるような状況をつくり出しているのです。
このような国の姿勢に抗議し、2025年の最高裁判決よりもさらに踏み込んだ判断を求めて行われたのが、今回の口頭弁論です。
弁論に臨んだのは秋田、兵庫、佐賀、熊本の当事者と弁護団。いずれも2025年6月の最高裁判決の前に高等裁判所で敗訴し、最高裁に上告していた地域です。判決は10月23日に言い渡されます。
弁論の終了後、衆議院第2議員会館で集会が行われました。弁論に臨んだ秋田県の櫻田さん、代理人弁護士、傍聴した支援者が集会で語ったことを、詳報します。
生活保護の引き下げは違法
まずは、これまでの経緯です。
「いのちのとりで裁判」
2012年の衆院選で「生活保護費の1割削減」を公約に掲げた自民党が、政権に復帰しました。その公約に忖度したかのように、国は翌2013年から2015年にかけて生活保護費のうち「生活扶助」(食費や衣料費、光熱水費など日常生活に必要な費用)の基準を大きい世帯で1割、平均6.5%引き下げました。削減額は670億円に及びました。
保護費を引き下げるために国が用いたのは、前例のない新たな手法「デフレ調整」(物価の下落に合わせて保護費を下げる)と、「ゆがみ調整」(一般的な低所得世帯と生活保護世帯との「差」を縮めるため保護費を下げる)の2つです。
この引き下げが、憲法25条(生存権)と生活保護法8条に違反するとして、全国の生活保護利用者が2014年以降、取り消しを求めて自治体を訴えた集団訴訟が「いのちのとりで裁判」です。原告は29都道府県の生活保護利用者1000人以上。秋田県では当初53人が原告となりました。
最高裁、生活保護費の引き下げは「違法」
最高裁判所第三小法廷(宇賀克也裁判長)は2025年6月27日、大阪訴訟(原告が敗訴)と愛知訴訟(原告が勝訴)の2つの裁判の統一判断として、国による生活保護基準の引き下げを「違法」とする判決を下しました。
特に、裁判官が全員一致で違法としたのは「デフレ調整」です。最高裁は「デフレ調整」について「専門的知見との整合性を欠くところがあり、厚生労働大臣の判断の過程及び手続に過誤、欠落があった」とし、違法と断じました。一方、一般の低所得世帯との均衡をはかる「ゆがみ調整」については違法としませんでした。ただ宇賀克也裁判長は少数意見として「ゆがみ調整」「デフレ調整とゆがみ調整の併用」も違法だとしました。
提訴から10年あまり。当事者の多くは高齢者や障害のある人で、全国の原告のうち2割以上の人たちが、最高裁判決を聞くことなく亡くなりました。秋田県原告団では、少なくとも16人が亡くなっています。
「これでは、足りない」
集会ではまず、秋田原告団長の櫻田さんが、この日の弁論を振り返りました。
櫻田雄美さん(秋田訴訟原告団長)

秋田の原告団長の桜田と申します。今日は初めて、最高裁判所というところに入りました。私は上告人本人の陳述ということで、自分の状況についてお話をしました。今回は、どうやら大阪訴訟、名古屋訴訟で勝ったので、同じような判決を出しますよというようなお話をしていただけたので、(秋田は)地裁負け、高裁負けですが最高裁判所で勝ちをもらえるんだろうなということは感じています。
先日、追加給付というものをいただきました。それを見ますと(本来は受け取れるはず)月の差額の半分にされていました。しかも(生活保護を利用し始めた)最初の5年に限ってしか出ていないということでした。ですので、私たちがいただいた追加給付というのは、額を半分にされて、しかも最高裁で判決が出たのが去年なので、 2014年から2025まで12年間下げられていた影響を受けてきているはずなのに、最初の5年分、つまり12分の5しか来ない、ということです。
追加給付が来たけれども、これでは足りない、月額半分です。補償する額、期間も5年ではなくて12年でしょうという訴えを、これから(審査請求によって)続けていこうと考えています。
櫻田さんへのインタビューも、あわせてお読みください。

ここにいない人たちの思いも背負って
後藤和夫さん 秋田生活と健康を守る会

昨年の最高裁の判決で、スルーされてしまった点があります。それは、国が「デフレ調整」という手法によって、何重にも物価の下落率が大きくなるように仕掛けたという点です。国側が行ったこのあまりにもひどいやり方に、ぜひ判決で触れて、ちゃんと判断してほしいということを秋田の原告と弁護団の皆さんは(今日の口頭弁論で)訴えてくれました。また「ゆがみ調整」が違法だと言う点にも、触れてもらいたいというふうに要請しました。
最高裁判決が出た後、国がどういう態度をとったのか、それは、最高裁が予想もしていない展開になったのではないかという訴えを、秋田の弁護団はしていました。原告は高齢の人もおり、時間がありません。最高裁はもう一歩踏み込んで、芯の通った判決をしてほしいと訴えました。
これが最高裁の5人の裁判官の方に、届いてくれないかなということを祈って私は傍聴していました。あまりの国のこの酷さを、最高裁も多分見ているはずだと思いますので、この現状を踏み越えて、きちんとした判決をぜひ10月23日には出していただけたらということを期待しています。
秋田訴訟が始まった2015年、53人だった原告は、この10年で10人になりました。当事者の多くが高齢や障害のある人で、裁判が行われている間に16人が亡くなりました。これについて後藤さんは次のように述べました。
訴えた時から相当、高齢な方も多かったし、病弱な方も多かったので、裁判の途中で、一生懸命頑張ってきた方が介護施設に入所せざるを得ず、その後、簡単に連絡も取れない環境になるということがありました。時間がない中での長い裁判という、二重、三重に難しい中で、今日の場には来られなかった方たちの思いを、櫻田さんはじめ弁護団、支援者の私たちは背負って参加させていただいたと思っています。
「さらに苦しい生活を余儀なくされた」
秋田弁護団 長谷川康弁護士

そもそも今回の引き下げ以前から、生活保護利用者の皆さん、原告の皆さんが苦しい生活をしていたにもかわわらず、今回、10年以上前ですけれども(保護費が)引き下げられ、それによってさらに苦しい生活を余儀なくされているんだというところを、説明させていただきました。
秋田については地裁と高裁と負けてしまったんですけれども、昨年の最高裁で愛知、大阪訴訟が勝訴という判決が出されたというところを受けて、今回のこの裁判においても、厳正な判断をお願いしたいというところを述べました。
「ゆがみ調整」の判断、見直しを
国は2013~2015年に生活保護の基準額を引き下げる際に、生活保護利用世帯と一般の低所得世帯の消費実態を比べ、その格差(ゆがみ)を正す「ゆがみ調整」という手法を用いました。さらに「ゆがみ調整」では、正式に算出した調整幅があったにもかかわらず、専門家の意見を聞かずに無断で調整幅を「2分の1」(半分)にしていました。
2025年の最高裁判決では、この「ゆがみ調整」と「2分の1処理」は違法とされませんでした。
しかし、宇賀克也裁判長(当時)は反対意見として「ゆがみ調整の2分の1処理」も違法だとしました。集会で秋田弁護団の三浦広久弁護士は、この反対意見に触れながら、次のように述べました。
秋田弁護団 三浦広久弁護士

ゆがみ調整の「2分の1処理」については、去年の最高裁判決で宇賀裁判官が「違法」だという趣旨の意見を書かれており、非常に説得力のある内容だというふうに思いました。
今日、私の意見陳述の中でも、宇賀裁判官の名前を出させていただきました。出さない方がいいんじゃないかというふうにも言われたんですけれど、プレッシャーをかける意味というわけではないんですが、ちゃんと宇賀裁判官がおっしゃっているのだという形で、書かせていただきました。ぜひその方向性で、2分の1処理、ゆがみ調整のところも最高裁には判断を改めていただきたいというふうに祈るような気持ちで、判決を迎えるということになると思います。
「判決が言いたかったことはそこじゃない」
秋田弁護団 西野大輔弁護士

去年の6月に判決が言い渡された時に、だいぶゆっくりした気持ちでした。これで勝ったと、これで変わるんだということを、思っていたんですが、実際はそうなりませんでした。国はダラダラ、ダラダラと今まで通りのことをやり、そして厚労省が「対応の方向性」というものを公表したら、それはなんと、最高裁の判決の穴というか不備というか、ちょっとしたところを突いて「やっぱり(追加給付の)減額はする」という話をしてみたり、原告になった人にだけ特別給付金を渡すんだというような、恩恵を与えるかのようなことを言ってみたり、非常に腹立たしい内容であったと思います。
私は今日、その怒りをなるべくマイルドに、述べたつもりでございます。
国がやっていることは、言ってしまえば非常に姑息といいますか――そうじゃないだろうと、最高裁第三小法廷が去年の判決で言いたかったことは、そこじゃないでしょうという気がしていて、そこをなんとか、わかってもらいたいという思いでお話をしました。
先ほどもお話があった通り、だいぶ原告の数が減っています。どんどん亡くなっている。やっぱり高齢の方が多いものですから、あるいは病弱の方が多いものですから、どんどん亡くなっていく。国はそれを待っているのかというような、怒りが強くあります。早く、早く救済してくださいということをお話しました。
秋田だけではなく兵庫、熊本、佐賀の弁論を「確かにそうだよな」とくんでもらって、弁論の内容が1つでも2つでも取り入れられた、本当に一歩進んだ判決が出ることを、諦めず期待しているところです。
「画期的な判決」が意味すること
国は2013~2015年に生活保護費を引き下げるため、前例のない新たな手法「デフレ調整」(物価の下落に合わせて保護費を下げる)を用いました。「デフレ調整」で厚労省は、独自の計算方式をつくりだし、それを用いて計算しました。2025年の最高裁判決は、このような「デフレ調整」を違法と断じました。
虻川高範弁護士

今日の弁論では狩野節子弁護士が「デフレ調整」について話をしました。ご承知のとおり、デフレ調整のところでは、いわば勝ったわけですけれども、必ずしもそれは厚労省による計算の問題それ自体を深く掘り下げるところまでの判決には、至っていませんでした。そこをやはりもう一度、掘り下げてほしいというのが、狩野弁護士の主張の中心でした。
そこを掘り下げなければ、厚生労働省がなぜこのようないわば「暴挙」に出たのかはわかりません。そこが結局、曖昧なままになったから、今のような事態になっているというところですので、そこをもう一歩踏み込んで判断してほしいということを述べたところでした。
去年の最高裁判決は「画期的な判決」というふうに言われておりますけれども、画期的な判決というのは逆に言うと、厚労省が、あるいは政府が、どんなにひどいことをしたのかということの裏返しなわけです。どんなに非道な、過酷な暴挙をしたことかということを、これから10月23日に出るであろう最高裁判決を読み返しながら、また改めて訴えていきたいと思います。
「苦しんだ分、判決に期待したい」
秋田県人間らしく生きる裁判を支える会 佐藤衛さん

私たちは去年の最高裁の判決で、もうこれは終わったという形で、本当に一息ついたところだったんですけれども、その後の厚労省の対応を見て、なんだこれはと。厚労省は、原告の方が亡くなるのを期待していたのかということさえ、本当に感じてしまいました。何という国なんだろうと。厚労省は一番、本当に国民の生存権を保障しなきゃいけないはずなのに、一番わかってないんじゃないかということで、かなり憤りを感じていたところがありました。
秋田で訴訟を起こしたのが2015年5月22日でした。もう 11年半くらい経っています。時間がかかりました。この分、苦しんだだけ、最高裁の方で少しでもいい判決を出してくることを期待したいと思います。
【参考資料】
・いのちのとりで裁判全国アクション「いのちのとりで裁判全国アクションとは」https://inochinotoride.org/about.php
・The JiminNEWS シリーズ「自民党の政策③(生活保護)」(2012年4月16日)https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/recapture/pdf/062.pdf
・いのちのとりで裁判全国アクション「生活保護基準引き下げ、何が問題?」https://inochinotoride.org/whatsproblem
・最高裁判所裁判例検索 令和5(行ヒ)397 生活保護基準引下げ処分取消等請求事件 令和7年6月27日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 大阪高等裁判所 令和3(行コ)38https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/
・最高裁判所裁判例検索 令和6(行ヒ)170 生活保護基準引下げ処分取消等請求事件 令和7年6月27日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 名古屋高等裁判所 令和2(行コ)31 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94226.pdf

