沈黙

 2013~2015年に国が行った「生活保護費の大幅引き下げ」の取り消しを求め、全国各地の生活保護利用者が起こした「いのちのとりで裁判」。このうち2審で敗訴していた秋田県など4地域の判決が10月23日、最高裁判所第三小法廷(林道晴裁判長)で言い渡されました。

 結果は、秋田県を含む4地域すべての逆転勝訴でした。昨年の画期的な最高裁判決に続き、国による生活保護費の引き下げは「違法」だったと、司法が再び国に突き付けたのです。

 第三小法廷の5人の裁判官のうち4人は、昨年と同じメンバーでした。しかし今回の判決では、気になる変化がありました。

 国が生活保護費を引き下げるときに用いた「ゆがみ調整」という手法について、今回、最高裁が沈黙したのです。

 昨年の判決の中で、最高裁は「不合理とはいえない(適法)」と判断していました。
 しかし今回の判決では、その部分が消えていました。「ゆがみ調整」について、最高裁は一切言及しなかったのです。

 原告は「ゆがみ調整」を違法とする判決を願っていました。このため「ゆがみ調整」に何も言及しない判決は、当事者にとってマイナスだったのではないかと私は当初、思っていました。

 しかし弁護団の見立ては違っていました。

 最高裁はあえて「沈黙」したのではないか。その沈黙の背景には、昨年の最高裁判決以降、国が当事者に対して積み重ねてきた「不誠実な対応」と司法軽視があるのではないか――と弁護団は見ていました。

 判決後の集会で語られた声を詳報します。

自民党公約の「1割削減」が現実に

 まずはこれまでの経緯です。

「いのちのとりで裁判」

2012年の衆院選で「生活保護費の1割削減」を公約に掲げた自民党が、政権に復帰しました。その公約に忖度したかのように、国は翌2013年から2015年にかけて生活保護費のうち「生活扶助」(食費や衣料費、光熱水費など日常生活に必要な費用)の基準を大きい世帯で1割、平均6.5%引き下げました。削減額は670億円に及びました。

保護費を引き下げるために国が用いたのは、前例のない新たな手法「デフレ調整」(物価の下落に合わせて保護費を下げる)と、「ゆがみ調整」(一般的な低所得世帯と生活保護世帯の消費支出を比べ、バランスをとる)の2つです。

この引き下げが、憲法25条(生存権)と生活保護法8条に違反するとして、全国の生活保護利用者が2014年以降、取り消しを求めて自治体を訴えた集団訴訟が「いのちのとりで裁判」です。原告は29都道府県の生活保護利用者1000人以上。秋田県では当初53人が原告となりました。

最高裁、引き下げは「違法」

最高裁判決

最高裁判所第三小法廷は2025年6月27日、大阪訴訟(原告が敗訴)と愛知訴訟(原告が勝訴)の2つの裁判の統一判断として、国による生活保護基準の引き下げを「違法」とする判決を下しました。

特に、裁判官が全員一致で違法としたのは「デフレ調整」です。最高裁は「デフレ調整」について「専門的知見との整合性を欠くところがあり、厚生労働大臣の判断の過程及び手続に過誤、欠落があった」とし、違法と断じました。一方、一般の低所得世帯との均衡をはかる「ゆがみ調整」については違法としませんでした。ただ宇賀克也裁判長は少数意見として「ゆがみ調整」「デフレ調整とゆがみ調整の併用」も違法だとしました。

提訴から10年あまり。当事者の多くは高齢者や障害のある人で、全国の原告のうち2割以上の人たちが、最高裁判決を聞くことなく亡くなりました。秋田県原告団では、少なくとも16人が亡くなっています。

国は補償額を「値切る」

判決後の国の対応

最高裁の判決を受けて、国は「最高裁判決への対応に関する専門委員会」を設け、対応を協議しました。この委員会のやり方に対し、当事者や支援者でつくるいのちのとりで裁判全国アクションは「改めて別の理由をつけて生活保護基準の減額改定を行おうとしているのではないか」「被害回復額を値切り、最高裁判決の意義を矮小化するような取りまとめがなされることを危惧する」と再三、改善を訴えてきました。

しかしその声は届かず、厚生労働省は2025年11月18日、最高裁が「違法」と判断した方法とは別のやり方で、全世帯の保護費を「再び下げ直す」という方針を公表。原告にのみ「特別給付金」を給付することとしました。

国が示した給付内容は、原告側が求めてきた「すべての生活保護利用者への全額補償」とは程遠く、原告と原告以外を分けて、補償額を「値切る」ようなものでした。「いのちのとりで裁判全国アクション」は声明を発表し「最高裁によって判断の違法を断罪されてなお、10数年前と全く同様の過ちを犯そうとしている」「この国の三権分立、法の支配を揺るがすもの」と批判。謝罪と被害の回復を求めています。

「勝ったという思い」

 2015年9月から裁判を闘ってきた秋田県の原告、櫻田雄美さんは、判決後の集会で次のように語りました。

櫻田雄美さん(秋田訴訟原告団長)

最高裁の判決を聞きました。生活保護法の3条と8条の2項に違反するとしっかり言っていただいたので、勝ったという思いはしています。

弁護士さんと話したところ、ゆがみ調整について以前は「違法とまでは言えない」というような判決文があったのを、今回はわざわざ抜いたんだと。最高裁は(ゆがみ調整について)そのようなことはもう言わないよ、という判断をしてくれたと思うので、良かったのかなというふうに思っています。

追加給付をもらいましたけれども、半額になっています。今回の判決が、そこにどう関係してくるのか、これからどういう形に変わっていくのか。期待しています

 「そんなことはもう言わないよ、という判断をしてくれてよかった」と話す櫻田さんのほっとした表情が、印象的でした。

最高裁第三小法廷の判決文

 櫻田さんのインタビューはこちらです。

ずっと分断されてきた
こんなに物価が上がっているのに、なぜ生活保護費はほとんど上がらないのだろう。 それどころか「国は保護費を違法に引き下げていた」と最高裁が判決を出したのに、なぜ国が「あらためて引き下げる」という話をしているのだろう? 裁判の意味とは? 日本は…

わざわざ削った?「適法」部分

 今回、判決を下した第三小法廷の5人の裁判官のうち、4人は昨年の最高裁判決に携わったメンバーです。

 このうち裁判長を務める林道晴裁判官について、秋田弁護団の虻川高範弁護士は次のように述べました。

虻川高範弁護士(秋田弁護団)

今日、判決を読み上げた林裁判長は前回、裁判官の中にいた方です。 実はこの林裁判官は前回の判決の時に、わざわざ補足意見で、ゆがみ調整について「違法ではない」ということを、あえて述べていたんです。

2025年6月の最高裁第三小法廷の判決文より、林裁判官の補足意見。ゆがみ調整が不合理ではないことをあえて記しています(赤線は筆者による)

 確かに林裁判官は昨年、あえて補足意見で「不合理ではない」ことを述べていました。

ところが今回、裁判長になった林裁判官は、前回1年前の判決で触れたところを、わざわざ削っている。林裁判官の気持ちを推し量ることはできませんけれども(最高裁判決から)1年たって、なんだか自分の言ったことと(その後の国の対応が)違うなというふうな感じがあったので、わざわざ、あえて自分の1年前の補足意見を削り、ゆがみ調整には触れずにデフレ調整だけで明確に違法と断じた。そういうところを私たちは――林裁判官の気持ちを受け取って、厚労省と闘っていきたいというふうに思います

「国につけ込む余地を与えない判決を」

 兵庫弁護団の藤原精吾弁護士も、今回の判決を「一歩前進」と評価しました。

藤原精吾弁護士(兵庫弁護団)

前の判決の時には、ゆがみ調整は不合理とは言えないというふうなことを、約1ページにもわたって書いていたわけです。そこに厚労省がつけ込んで、まだ何か言う余地があるなというようなことで、本当に姑息なやり方で、補償金を値切ろうとしているわけです。

今回、4名の裁判官が同じだった、その最高裁が判決の理由を少し書き換えたという点を、評価しなければならないと思うんですね。

前の判決の「ゆがみ調整は違法でない」というマイナスの部分を取り消したという点で、我々としてはプラスになったと。一歩前進をしたということ。そして、 最高裁で2度にもわたって、厚労大臣の処分が違法で取り消されるべきであるということが、宣言されたということ。これを、やっぱり厚労大臣、厚労省は本当に真面目に受け止めなければならない。そういう点で、私たちはこの2度目の判決を元にして、さらに厚労省の間違ったやり方を絶対許さないという取り組みを広めていこうと思います

2025年6月の最高裁第三小法廷の判決文。ゆがみ調整は適法であるという部分におよそ1ページを割いています(赤線は筆者による)

ゆがみ調整を追認しなかった

 最高裁が「ゆがみ調整」に一切言及しなかったことには、どのような意味があるのか。またそれは今後、全国の当事者への追加給付に影響してくる可能性があるのか。

 佐賀弁護団の甲木美知子弁護士は次のように語りました。

 甲木美知子弁護士(佐賀弁護団)

(今回の判決内容は)裁判所がゆがみ調整を追認することをしなかった、ゆがみ調整の正当性をあえて認めなかったというふうに言うことができると思っています。

2025年6月の最高裁判決で、国による「デフレ調整」が違法となった一方、「ゆがみ調整」は違法とされませんでした。このため「ゆがみ調整」で減らされた分の生活保護費は、当事者への追加給付の対象になりませんでした。

今日の判決を受けて、ゆがみ調整の部分の適法性が認められなかったということになると、ゆがみ調整の部分について追加給付をすべきなのではないかということを今後、全面解決に向けて問題としていく可能性があると考えます

これが最高裁なりの「修正」

 判決後の記者会見でいのちのとりで裁判全国アクション共同代表の尾藤廣喜弁護士は、次のように語りました。

前の判決で最高裁は、ゆがみ調整は問題ないと書いてしまったので、はっきり申し上げてそこを厚生労働省につけ込まれた。司法の立場としては、予測を超えていた——えらいことを行政にやられてしまったなという思いがあると思うんです。

(司法より)行政の方が二枚も三枚も上手で、行政として利用できるところは徹底的に利用して(補償を)ケチってきた。最高裁としては、まさかそんな材料として(ゆがみ調整は「適法」という最高裁の判断を)使われるとは思っていなかったのに、なんて厚かましいことをやっているんだという気持ちはあると思う。

前回の(9月の最高裁)弁論で私たちはその点を強調して「司法がなめられています」「そんなことでいいんですか」 と聞いた。(最高裁は)自分たちの判決の影響力というものをちょっと見誤っていたので、修正しなきゃいけないと思ったんじゃないか。それが今回の判決だったと思います

分断させられた怒りがある

 昨年の最高裁判決後、国は違法に減額していた分の生活保護費を全額補償しようとせず、本来、当事者に補償すべき額の半額まで追加給付を減らしました。そして、原告と原告ではない当事者の補償額に差をつけるという対応までしました。

 このような減額の取り消しを求めて、現在、秋田県をはじめ全国各地の当事者が新たに審査請求を行っています。

 裁判を起こしておよそ10年。ようやく救済されたと思ったのもつかの間、再び行政と対峙する日々が始まっています。

 このような状況について、秋田弁護団の虻川弁護士は会見で次のように語りました。

秋田は高齢の方も含めて、なかなか控訴上告に至らなかった人たちもたくさんいました。原告の櫻田さんは、自分だけじゃなくてここにたどり着けなかった人たちの声も含めて意見を述べていると、法廷で述べていました。

勝訴した、嬉しい、という気持ちは櫻田さんも含めて原告の人たちにあると思います。けれど一方で(原告と原告ではない当事者の間に)分断、あるいは格差をつくられたことによって、当事者を微妙な、複雑な気持ちにさせた厚労省に対して、また怒りや抗議の気持ちが強まったのではないかと思います

多くの人たちの気持ちを背負って

 2026年9月29日、秋田県原告の櫻田雄美さんが最高裁判所で行った弁論を紹介します。

上告人本人の陳述 (櫻田 雄美)

 私は、現在64歳で、2014年7月から生活保護を利用しています。
 それ以前はソフトウエア開発の会社に勤務していましたが、2010年に脳出血を発症し、その後遺症により退職せざるを得ませんでした。その後、収入が途絶え、自殺を考えた時期もありましたが、民間団体の援助を得て生活保護利用につながりました。 

 私の生活扶助費は当初月額7万4260円であり、その範囲内で生活をするため、節約を心がけていました。しかし、2015年4月の引下げにより月額7万2450円に減額されました。それ以降、お風呂は2~3日に一度ですし、衣類は下着を除いて中古品しか買いません。食事は一日2食で済ませ、買い物の際は半額などの割引品がなければ買うのを控えます。最近の物価高騰により、さらに食事の量を減らし、友人の葬儀への参列や香典の用意ができなかったりしたときは、深い悲しみと悔しさを覚えました。

 他の原告達も、同じように、食事の量や回数、入浴の回数を減らし、衣類や家電を使い古し、本来必要な部分まで生活費を削り、切り詰めた生活をしています。これが憲法の保障している「健康で文化的な最低限度の生活」なのでしょうか。

 秋田からは当初53人の原告が訴訟に立ち上がりましたが、第1審、控訴審、そして今回の上告審に至るまでの間に、亡くなった方や、病気等により裁判を続けられなかった方がいます。そのため、上告人は10人となりました。皆、生きていくだけで精一杯で、この裁判を続けたくても続けられなかった人達が、秋田だけでなく、全国にたくさんいます。その多くの人達の気持ちを背負って、私は今日この場に臨んでいます。

 どうか、私たちの声を聞いてください。ここに立てなかった人たちの願いを聞いてください。

【参考資料】
・最高裁判所判例検索 「生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)中の生活扶助基準の改定が生活保護法3条、8条2項に違反して違法であるとされた事例」 https://www.courts.go.jp/hanrei/97204/detail2/index.html
・最高裁判所裁判例検索 令和6年(行ヒ)第339号 生活保護引下げ処分取消請求事件
令和8年10月23日 第三小法廷判決 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-97204.pdf
・いのちのとりで裁判全国アクション「いのちのとりで裁判全国アクションとは」https://inochinotoride.org/about.php
・The JiminNEWS シリーズ「自民党の政策③(生活保護)」(2012年4月16日)https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/recapture/pdf/062.pdf
・いのちのとりで裁判全国アクション「生活保護基準引き下げ、何が問題?」https://inochinotoride.org/whatsproblem
・最高裁判所裁判例検索 令和5(行ヒ)397 生活保護基準引下げ処分取消等請求事件 令和7年6月27日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 大阪高等裁判所 令和3(行コ)38 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/
・最高裁判所裁判例検索 令和6(行ヒ)170 生活保護基準引下げ処分取消等請求事件 令和7年6月27日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 名古屋高等裁判所 令和2(行コ)31 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94226.pdf
・社会保障審議会生活保護基準部会最高裁判決への対応に関する専門委員会報告書等を踏まえた対応の方向性について(報道発表)|厚生労働省 https://share.google/cJs7KmwnY5KOPlnVq
・いのちのとりで裁判全国アクション「いのちのとりで裁判・最高裁第三小法廷判決の読み方~被害回復策の策定や今後の基準改定に活かすために~」https://inochinotoride.org/whatsnew/250706_saikosaiyomikata.php
・厚生労働省 社会保障審議会(生活保護基準部会 最高裁判決への対応に関する専門委員会)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_60482.html
・厚生労働省 社会保障審議会(生活保護基準部会 最高裁判決への対応に関する 専門委員会報告書等を踏まえた対応の方向性)https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001598873.pdf
・いのちのとりで裁判全国アクション「厚生労働省の最高裁判決への対応策公表を踏まえた緊急声明」https://inochinotoride.org/whatsnew/251121_seimei
・朝日新聞デジタル「生活保護費の減額は「自民公約に忖度」 処分を取り消す判決 津地裁」(2024年2月22日)https://digital.asahi.com/articles/ASS2Q66MZS2QOBJB00B.html

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